働く母親と子育て 曽野綾子の暴言に高橋源一郎

曾野綾子という人の暴言に怒りを覚えていた。
しかし、この高橋源一郎という作家の言葉に蘇った光景がある。

 子どもが10歳くらいになって働き始めた私には、ほんとに大変な子育て時代のこと言える資格はないかもしれない。
 15歳になっていた子どもが会社に電話してきた。「おなかがとても痛い」と。前日からおなかが痛くて夜に救急病院に連れていったが原因は分からず、その日は学校を休んで寝ていた。痛いとか辛いとかあまり言わない子で、とても痛いと言うその声は切迫していた。午後6時までの勤務で、5時だった。すぐに帰りたいけど、ともうすぐ仕事が終わるとも思った。しばらく前に子どもがおなかが痛いから仕事を午後から休みたいと言ったとき、中学生にもなって一人で病院行けないのか、と上司が言った事が頭に残っていた。
 終業時間を待ち飛ぶ思いで家に帰った。子どもは赤い顔をしていたがもうおなかは痛くないと言う。病院行こうと言うと動くと痛いから嫌だという。様子を見ながら夜9時頃になって前日の救急病院に電話してみた。外科のある病院に行った方がいいと言う。しかし子どもはどうしても行かないと言う。説得を繰り返しながら朝に行こうかと思いかけていた、11時電話が鳴った。病院の看護師から行きましたか、と。行きたがらないと言うと当直の医師に聞くからと言い、医師はすぐに外科のある病院に行くようという。渋る子どもを車に乗せて救急病院に行った。診察の結果、盲腸炎だった。朝を待たずに手術するという。午前三時頃、手術が始まった。1時間ほどで終わると言われた手術がなかなか終わらない。途中で出てきた医師が、盲腸が破裂して腹膜炎をおこしていたと告げる。腹腔内を洗浄していると言う。
 
 5時に会社で電話を受けた時、すぐに帰って病院に連れて行けば良かった。なんであのとき、ためらったのかと。私が家に戻る前に破裂したのだ。そのために腹腔内の圧力が下がり、一時的に楽になったのだ。ものすごい後悔がはしった。手術が終わったのは夜明けのころだった。

 仕事をする母親はいつも自分の日常を、家のことを表にださないようにと仕事をしている。それは家族や家が仕事場で邪魔なものとの認識が強いからである。曾野綾子が言ったように、仕事場で家族のことを思うのは自分本位で、家庭を持ち出すのは他者に迷惑をかける行為であるとの主張が今も社会に蔓延しているからである。しかし、子育て、介護、家事、地域の繋がりは生活そのものである。仕事と切り離せるものではない。たくさんのものを抱えて人は生きて、それらはお互いに補完しあう。仕事に疲れたときに子どもとの会話はどれほど心を休めてくれるものか。介護もまた自分の未来を見届ける重要なポイントである。仕事だけしている人間の底の浅さは多くの人を説得するだけの器量を持たない。
 あれから15年、子どもは子どもを預かる仕事をしている。

★論壇時評「働く母の権利~甘えているわけじゃない」作家・高橋源一郎(朝日新聞 9月26日)

 最初に個人的なことを少し書く。
 事情があって、20代前半とそれから60歳前後(つまり最近)の2度、始めからみっちり、子育てをすることになった。哺乳瓶でミルクを飲ませ、オムツを取り換え(昔は紙おむつがなかったので洗濯がたいへん)、寝かしつけ、保育園と往復する日々だった。仕事もしていたのでてんてこ舞いだ。何年もまともに寝る時間なんてなかった。
 たくさんの保育園に通った。公立・私立の認可保育園、無認可のもの、ぼく以外はほぼ全員風俗業のお母さんが通っている24時間保育のところ。
 忘れられない光景がある。ぎりぎりまで働いて子どもを迎えに行くので、保育園に着くのは延長保育のリミットあたり。だから、毎日、近くの駅から走った。すると、たいていすぐ近くに、一緒に走っているお母さんがいるのである。2、3分遅れても文句はいわれないだろう。でも走るのだ。汗で化粧がはげ落ち、目にうっすら涙の気配。
 「子どもが待っていますので」とはなかなかいえず、まるで罪人みたいに申し訳なさそうに会社を出たこと、子どもが誰もいなくなった部屋でひとりで待っているのではないかと思うと胸が締めつけられそうになること、こんなことなら働くんじゃなかったとつい思ってしまうこと、それらが胸の中で渦巻いているのだ、とぼくにはわかった。なぜなら、ぼくもそう感じていたから(とりわけ、小さな土建会社で働いていた20代の頃は)。
    *
 曽野綾子という人が週刊誌で「出産したら女性は会社をお辞めなさい」という旨の発言をして、物議を醸した(〈1〉)。曽野さんは「産休」のような「女性をめぐる制度」は会社にとって「迷惑千万」だと否定していた。そして、そういう制度を利用する女性は「自分本位で、自分の行動がどれほど他者に迷惑をかけているのかに気がつかない人」だというのだ。
 ぼくはそれを読んで、そんなのウソだよと思った。だって、ぼくの知っている働くお母さんたちはみんな、悲しいぐらい一生懸命、会社や周りに「迷惑をかけない」ようにしていたからだ。どうして、もっと権利を主張しないのだろうと思っていたからだ。曽野さんはぼくとは違う世界に住んでいるのだろうか。
 曽野さんの発言は、単に、働く女性へのバッシングではなく、すぐに「婦人公論」で上野千鶴子が指摘したように「セクハラ、パワハラ、マタハラと、職場にタブーがどんどん増えて、男が好き勝手できなくなっちゃった。そんなの俺たちイヤだよう」という、潜在する(一部の)男性の考えを、代弁したものに思える(〈2〉)。だが、もっと深刻な問題は、曽野さんのことば(と、それを含めた週刊誌の一連の報道)が、いまこの国で噴き上がっているヘイトスピーチと同じ本質を持っていることだ。
 前掲誌で、上野さんは「このやりかたは、生活保護不正受給バッシングとまったく同じ」といった。高橋秀実は「どんな制度でも悪用したり、甘える人はいるものです。だからといってその制度自体が悪いわけではありません」と書いた(〈3〉)。在日、生活保護受給者、公務員、等々。彼らへの糾弾は、その中の少数の「違反」者を取り出し、まるで全員に問題があるかの如(ごと)く装ってなされる。そこでは、彼らの「特権」(があることになっている)が怨嗟(えんさ)の的となり、やがて、およそ権利というものを主張すること自体が敵視されることになるんだ。
 こんなヘイトスピーチやバッシングを行う当事者の多くが、実は、社会的な弱者に分類される人たちであることはよく知られている。妬(ねた)ましいのだ。すぐ近くの誰かが、自分より恵まれている(らしい)のが。悲しいことだが、彼らの気持ちは理解できないことはない。でも、曽野さんのような恵まれた立場の人が、後輩である若い、働く母親たちを後ろから撃つような真似(まね)をすることは、ぼくには理解できない。
    *
 「現代思想」の特集は「婚活のリアル」(〈4〉)。「婚活」とは「結婚を目標として積極的に活動すること」、それはもはや、特殊な出来事ではなくなった。
 竹信三恵子・大内裕和の対談(〈5〉)では「95年から05年の10年間で非正社員が590万人増えて、正社員が446万人減」り、「20歳から64歳の単身女性の三人に一人が貧困ライン以下」、「一旦(いったん)仕事を辞めたあと年収300万円以上の仕事に再就職できる女性は、わずか一割前後」、「年収300万円未満が非正規雇用労働者の9割以上」といった衝撃的な数字が並び、それにもかかわらず、まるで「万世一系」のように「男は外、女は内」という「普通」の「家族モデル」が生き延びている、と指摘している。
 それどころか、石田光規(〈6〉)が書くように、経済的条件は劇的に悪化しているのにもかかわらず、かえって「昔ながら」の家族像を求める人々も増えている。そして、赤石千衣子(〈7〉)が嘆くように、「普通」ではない生き方を選んだ「非婚の母」は、社会から排除されてゆくのである。
 この特集では主として、「結婚」を目指す若い女性が立ち向かわざるを得ない困難な状況が分析されている。けれど、彼女たちの不幸は、その相手となる男性の不幸でもあり、そして、この社会全体の不幸であることを忘れてはならない。
    *
〈1〉曽野綾子「私の違和感 セクハラ・パワハラ・マタハラ 何でも会社のせいにする甘ったれた女子社員たちへ」(週刊現代8月31日号)
〈2〉上野千鶴子「女どうしを闘わせて男はいつも高みの見物」(婦人公論10月7日号)
〈3〉高橋秀実「『あなたは誰から生まれたの?』妻の囁(ささや)きが社会を変える」(同)
〈4〉特集「婚活のリアル」(現代思想9月号)
〈5〉竹信三恵子・大内裕和「『全身婚活』では乗り切れない」(同)
〈6〉石田光規「婚活の商人と承認との不適切な関係」(同)
〈7〉赤石千衣子「婚こんいつまで婚からこん」(同)
    ◇
たかはし・げんいちろう 1951年生まれ。明治学院大学教授。エッセー集『競馬漂流記』が文庫化。近刊小説は『銀河鉄道の彼方に』。
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by oomawotomeru | 2013-10-02 12:43 | 社会 | Comments(0)


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「原発に反対しながら研究をつづける小出裕章さんのおはなし」著者:野村保子 監修:小出裕章

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