共謀罪と治安維持法・・海渡雄一さん

治安維持法の制定と拡大、司法による追認について

                        海渡 雄一

 治安維持法と共謀罪の類似性について、ツイッターで指摘しましたところ、賛同する意見もいただきましたが、論証が不十分だという指摘を受けました。論証を試みてみます。

1 治安維持法の制定と拡大の過程
(1)過激社会運動取締法案の提案と廃案
 治安維持法は1925年3月に帝国議会で成立した治安立法である。
 これに先立って、過激社会運動取締法案が1922年に高橋是清内閣によって提出された。
 この法案が禁圧しようとしていたのは、「無政府主義共産主義其の他に関し、朝憲を紊乱する事項を宣伝し、又は宣伝せむとしたる者」(1条 7年の刑)、「前項第1項の事項を実行又は宣伝する目的を以て結社集会又は多衆運動を為したる者」(2条 10年の刑)、「社会の根本組織を暴動、暴行、脅迫其の他不法手段に依りて変革する事項を宣伝し、宣伝せむとする者」(3条 5年の刑)である。

 今から見ても、あまりに整理が為されておらず、「朝憲を紊乱する事項」などという広汎な要件が定められ、2条に至っては、内務省の強い要請により結社の結成だけでなく、集会や多衆運動をしたものなど結社の形態を取らない社会運動まで取り締まる内容となっている。司法省と内務省の詰めが甘いままに法案が提出された。このような活動への取り締まりは25年の治安維持法にも含まれておらず、このような取り締まり規定が復活するのは41年治安維持法の時であった。
 この法案が議会内外の反対運動の中で廃案となったことは当然であったといえるだろう。この時点では新聞、学界、弁護士らから、強い反対の声が上がっていた。そして、これらの声を背景に、国民党・憲政会の抵抗が首尾一貫していた。現時点から振り返るとこの法案があまりにも不出来であったことが、後に治安維持法が提案されたときに、この法案に比べれば「出来」がよく見えたかもしれないことに注意する必要がある。

(2)朝鮮人大虐殺と治安維持令
 1923年9月に関東大震災が発生し、朝鮮から来ていた人々と社会主義者に対する大虐殺が起きた。この事態に対応するために震災直後に、緊急勅令で治安維持令が成立していた。このことはあまり知られていない。これは、関東大震災の時に朝鮮の人々に対する大虐殺をもたらした流言蜚語を取り締まることを目的として掲げている。
 治安維持令は、1923年9月7日に緊急勅令(大正12年勅令第403条)として公布された。正式名称は「治安維持ノ為ニスル罰則ニ関スル件」とされる。関東大震災下の混乱を収めることを名目に震災発生の6日後に緊急勅令で公布、即日施行され、次の第47議会で承認された。「出版通信其ノ他何等ノ方法ヲ以テスルヲ問ハス暴行騒擾其ノ他生命身体若ハ財産ニ危害ヲ及ホスヘキ犯罪ヲ煽動シ安寧秩序ヲ紊乱スル目的ヲ以テ治安ヲ害スル事項ヲ流布シ又ハ人心ヲ惑乱スル目的ヲ以テ流言浮説ヲナシタル者ハ十年以下ノ懲役若ハ禁錮又ハ三千円以下ノ罰金ニ処ス」とし、表面上は震災後に発生した諸事件に対する対応を目的としていたが、実際にはこれに乗じて社会主義者を弾圧することを意図していた。これが、後の治安維持法の先駆となった。災害対策が治安立法化した先駆例といえる。

(3)25年治安維持法の制定
 治安維持法は、国体の変革(天皇制を廃止し共和制にすること)と私有財産制度を否定すること(社会主義や共産主義が念頭に置かれている)を目的とする結社を取り締まることを目的とした法律である。
 1925年法では「国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス」が主要な内容であった。
 ここで確認しておかなければならないことは、治安維持法は、天皇制と私有財産制を守ることを保護法益とし、これらに悪影響を与える組織団体の結成してり、これに加入することを犯罪としたことである。
 そして、この法案が議会で成立する過程では、次のような説明が為されていたことを決して忘れてはならないことである。
議会に提案された法案は、「国体若ハ政体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス」とされていた。
 政府は「私有財産制度を否認する」は、「社会の根本組織の変革」よりはるかに狭く、「国体若ハ政体ヲ変革シ」は、「安寧秩序紊乱」よりはるかに狭いと説明された。
 また、過激社会運動取締法案には言論表現の自由を侵害する危険のある宣伝罪が盛り込まれていたが、これらの取締は新聞紙法、出版法、治安警察法に譲り、結社の取り締まりに重点を絞ったと説明された。
 さらに、過激社会運動取締法案と異なり、すべての犯罪は「目的罪」であり、「国体若ハ政体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ」為される行為に処罰を限定するので、警察の権限濫用は大幅に抑えることができると説明されたのである 。
 過激社会運動取締法案があまりにも広汎で、限定を欠いていたことが、相対的に新たな治安維持法が限定されたもののように、見える効果を生んだのである。
 議事録から、抜き出してみる。「朝憲紊乱の中、国体と政体を根本から変革する、一応是だけを朝憲紊乱の中から抜きましたから、歩合で云いますと一二分の歩合の外ありませぬ。七八分は除外して新聞紙法、出版法以下の法律に依って、取締らなければならぬことになるのであります。
 次に安寧秩序の問題であります。安寧秩序と申しますれば、申上げるまでもなく現今の法律関係、明文にありまする総ての法律関係、正に以上に法律の解釈から来た所の秩序問題にも這入る、洵に広いものです、それでありますから共俊之を移し来ったならば突に危険である、唯々備に私有財産の根本を破壊すると云うだけを持って来ましたから、安寧秩序は本当の一部です、単に一部です、一部持って来ただけです。」とこんな具合である 。

 国連の越境組織犯罪条約との関連では、治安維持法は、経済的な組織犯罪ではなく、政治的な団体を念頭に置いた参加罪であったといえる。ただ、その準備段階の行為を捉えて刑事規制をしようとしている点では、共謀罪と治安維持法には重大な共通点がある。そして、2017年の春の国会に再提案されようとしている法案は、あまりにも広汎な処罰範囲を網羅していた2003年政府法案を改め、準備行為を処罰条件とし、組織犯罪集団の関与を要件として、濫用を防止することとしたと宣伝されている。このような宣伝方法も、25年治安維持法と22年過激社会運動取締法案の関係を彷彿とさせる。国民は決してだまされてはならない。
 1924年、第二次護憲運動に伴って成立した護憲三派による第一次加藤高明内閣は、普通選挙を実現したほか、日ソ間の国交を樹立した。ソビエトと国交を結ぶ一方で、共産主義運動が国内に波及することを防ごうとする意図が立法の背景にあったと説明されている。
 最近中澤俊輔氏による「治安維持法 なぜ政党政治は「悪法」を生んだか」(2012 中公新書)が発刊された。この本には「稀代の悪法は民主主義が生み、育てた」という刺激的な帯が付されている。しかし、1925年の法提案時に、同書が正しく指摘するように、すでに「言論表現集会結社の自由を侵害する。合法的な改革まで不可能にする。穏健な社会主義や社会民主主義まで拡大適用されかねない」などの正当な批判がなされていたのであり(同書52-53頁)、治安維持法を民主主義が生み出したという規定の仕方は、警察・内務省と司法省などの治安機関などの働きかけと、前記のような議会に対する説得工作を過小評価しており、正確性を欠く評価といわざるを得ない。
 つまり、当時の議会の大勢は、司法省と内務省の練りに練った法案にだまされたのだと評価することが正しい歴史総括であるように思われる。
 本条約5条との関連では、治安維持法は、経済的な組織犯罪ではなく、政治的な団体を念頭に置いた参加罪であったといえる。ただ、その準備段階の行為を捉えて刑事規制をしようとしている点では、共謀罪と治安維持法には重大な共通点がある。そして、2017年通常国会に再提案されようとしている共謀罪法案は、あまりにも広汎な処罰範囲を網羅していた2003年政府法案を改め、準備行為を処罰条件とし、組織犯罪集団の関与を要件として、濫用を防止することとしたと宣伝されている。このような宣伝方法も、25年治安維持法と22年過激社会運動取締法案の関係を彷彿とさせる。国民と国会は決してこのような耳あたりの良い説明にだまされてはならない。

(4)28年緊急勅令による法改正
 1928年3.15事件により、に共産党に対する治安維持法の本格的な適用が始まった。
 1928年に緊急勅令「治安維持法中改正ノ件」(昭和3年勅令第129号)により、「国体変革」行為に対する厳罰化が図られた。1925年法の構成要件を「国体変革」と「私有財産制度の否認」に分離し、前者に対して「国体ヲ変革スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シタル者又ハ結社ノ役員其ノ他指導者タル任務ニ従事シタル者ハ死刑又ハ無期若ハ五年以上ノ懲役若ハ禁錮」として最高刑を死刑に高めた。また、「結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為ヲ為シタル者ハ二年以上ノ有期ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス」として、「結社の目的遂行の為にする行為」を結社に実際に加入した者と同等の処罰をもって罰することとした。
 この改正案は議会において審議未了となったものを、緊急勅令のかたちで強行改正した。緊急勅令とは、大日本帝国憲法8条は、「天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ由リ帝国議会閉会ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス、此ノ勅令ハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出スヘシ若議会ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ将来ニ向テ其ノ効力ヲ失フコトヲ公布スヘシ」と定めていた。国家緊急権規定の一部である。

(5)斉藤隆夫による死刑導入反対の討論
 この28年改正治安維持法によって、内容的にも手続き的にも極めて問題のある法律制度が猛威をふるうこととなるが、これに反対した議員もいた。この緊急勅令について、議会承認を与えるかどうかが議論された1929年(昭和4年)3月2日の衆議院本会議において、斉藤隆夫は次のように反対の討論を行っている。
 「刑罰の目的は犯罪者を苦しめるにあらずして、犯罪者の身体を保護し、精神を教養し、犯罪者の人格を向上せしめて、以て一般の国民と共同の生活が出来るやうにする。」
「一度殺したならば、刑罰の目的といふ者は、全然達することが出来ないのであります」
「国民の代表の承諾を得ずして、殺人法を制定するが如きは、政府として大いに警めなければならぬのであります。」
 そして、演説の末尾は「明治大帝の御製の中に於いて、斯くの如きものがある。『罪あらば我を咎めよ天津神民は我身の生みし子なれば』」と締めくくられている(内田博文「戦争と刑法」みすず書房から孫引)。

(6)1934年,35年(昭和9年及び10年)における改正企図とその挫折
 政府は、1934年,35年に治安維持法の改正案を国会に提出した。
 その目的は、共産党を支援する外郭団体に対して目的遂行罪を適用することなく、これを直接取り締まろうとしたものである。もう一点は国家主義運動を取り締まろうとする動機もあった。その背景には浜口雄幸首相に対する右翼による狙撃事件(1930年)等も関係しているとされる。
 1931年には満州事変が勃発し、十月事件(1931年)、5.15事件(1932年)などの軍事クーデターの企図が行われた。これらを受けて、特高警察の中に右翼犯罪の対策部も設けられた。
 1934年時点における改正案のポイントは国体変革の罪の重罰化、国体変革目的結社の支援、外郭団体に対する罰則、国体変革に関する個人の宣伝も取り締まる、裁判所の令状なしの被疑者の勾留、勾引、事件の適切な裁判所への移送、思想犯への転向の促進と保護観察制度、刑期満了者で再犯のおそれのある者の予防拘禁などを内容としていた。
 この時期には、治安維持法が主たるターゲットしてきた日本共産党そのものが壊滅状態に陥り、この状態で、支援外郭団体の取り締まりを「目的遂行罪」で継続することに、理論的な難点があったのである。
 しかし、これらの法案は、議会での人権侵害を危惧する慎重意見によって、審議未了廃案となった。政府は、既存の法案の拡大適用で対応できる と考え、改正案は成立しなかった。
 とはいえ、このような内容は、検察官が主導し、裁判官が追認する形で、運用面で次々に実現していった。
 外郭団体や人民戦線など共産党と無関係な結社にも治安維持法は公然と適用されるようになっていった。

(7)1941年改正による処罰範囲と死刑対象犯罪の拡大
 太平洋戦争開戦を目前にした1941年3月にはこれまでの7条から65条とする全部改正(昭和16年法律第54号)が行われた。同法は同年5月に施行されたが、禁錮刑はなくなり、有期懲役刑に一本化され、また刑期下限が全般的に引き上げられた。法違反者に対する政治犯待遇は消滅したのである。
 「国体ノ変革」結社を支援する結社、「組織ヲ準備スルコトヲ目的」とする結社(準備結社)などを禁ずる規定を創設した。「宣伝」も罰せられることとなった。過激社会運動取締法案以来の内務省の念願が実現したのである。
 1941年改正によって、死刑の対象犯罪が拡大された。国対変革目的だけでなく、私有財産否認目的で結社を組織した者、役員、指導者も、さらには結社の組織の準備することを目的として結社を組織した者、役員、指導者まで死刑の対象とした。
 また、判事の行うべき召喚拘引等を検事の権限とし、二審制としたこと、弁護人は「司法大臣ノ予メ定メタル弁護士ノ中ヨリ選任スベシ」として私選弁護人を禁じた。予防拘禁制度を採用し、刑の執行を終えて釈放するときに「更ニ同章ニ掲グル罪ヲ犯スノ虞アルコト顕著」と判断された場合、新たに開設された予防拘禁所にその者を拘禁できる(期間は2年であるが、更新可能とされた)とし、非転向のものは永遠に拘禁できる制度となった。悪法の完成であった。
 治安維持法の適用拡大傾向の検証については、別の機会に譲ることとする。

2 治安維持法を追認した司法
(1) 特高警察と思想検事主導で拡大されていった治安維持法
 治安維持法の運用は特別高等警察と思想検事によって担われた。
 特別高等警察とは、反体制活動の取締りのために設置された戦前警察の一部門で,思想警察として主として社会主義運動の取締りにあたった警察のことである。1911年幸徳秋水の大逆事件後に警視庁に特別高等課が設けられたのがはじまりとされ、12年に大阪府に,23年には北海道,神奈川,長野,京都,兵庫,愛知,山口,福岡,長崎にも設けられるにいたった。
 また、思想検事とは、治安体制の一方の核として特高警察と両輪をなして、治安維持法の適用の最前線で働いた検察官の呼称である。思想検事は,“倫理上の善悪の審判者”を自任し,治安諸法令の制定・運用を主導し,保護観察・予防拘禁などの抑圧装置を次々と創り出した。この思想検事の系譜は,戦後の公安検察へと継承されている。

(2) 裁判官の独立と治安維持法
 治安維持法の適用拡大に対して、裁判所は基本的に無力であった。検察官が考え出した、法の適用範囲を拡大するための理屈を裁判所はためらうことなく追認し、治安維持法は、次々に自己増殖し、どんどん毒性の高い法律となっていった。
 とりわけ共産党周辺だけでなく、人民戦線事件などに対する「目的遂行罪」を通じての拡大については、裁判所による歯止めはほとんどないに等しいものであった。
しかし、大変興味深いことに、日本の裁判所は人民戦線事件と大本教事件や企画院事件では無罪判決を下していることである。この点は、起訴そのものがあまりにもひどかったという見方も出来るが、戦時体制の下であっても、裁判官として司法の独立を守ろうとした少数の裁判官がいたことは特筆されることである。
 しかし、このような事実はほとんど報道もされなかったし、治安維持法の暴威を食い止めることにもつながらなかったことも、苦い現実である。
 治安維持法の事件ではないが、大政翼賛選挙が選挙法に反し、無効と宣告した判決もある。1942年4月30日投開票の第21回衆議院議員選挙は大政翼賛会の衆議院における院内会派である翼賛議員同盟の推薦議員と非推薦の無所属議員が争う構図となった。鹿児島二区で、翼賛議員同盟非推薦候補として出馬し、落選した冨吉榮二は選挙において推薦議員を当選させるため政府と軍による選挙干渉と非推薦議員の選挙活動に対する激しい妨害が行われたとして、選挙無効の訴訟を提起した。
 1945年3月1日に大審院第3民事部(吉田久裁判長)は推薦候補者を当選させようとする不法な選挙運動が全般かつ組織的に行われた事実を認定し、自由で公正な選挙を保障した衆議院議員選挙法第82条違反を認め、選挙の無効とそのやり直しを命じた。この判決を受け、3月20日には鹿児島2区においてやり直し選挙が現実に行われた。

(3)治安維持法と弁護士
 治安維持法違反事件の被疑者への弁護活動は二つに分かれた。
 転向した共産主義者の弁護に於いては、反省し、まっとうな「日本人」にもどるという情状酌量を求める弁護がなされた。
他方で、治安維持法そのものを批判し、戦争に反対する活動の正当性を訴える弁護活動は弾圧の対象とされた。三・一五事件の弁護人のリーダー格となった布施辰治は、大阪地方裁判所における弁護活動が「弁護士の体面を汚したもの」とされ、弁護士資格を剥奪された(当時は弁護士会ではなく、大審院の懲戒裁判所が剥奪の権限を持っていた)。
 さらに、1933年9月13日、布施や上村進などの三・一五事件、四・一六事件の弁護士らが逮捕された(日本労農弁護士団事件)。この事件の顛末については、一冊の本にまとめられている 。

 その結果、治安維持法被疑者への弁護は思想的に被疑者らと無縁とされた弁護人しかできなくなった。さらに、1941年改正では、司法大臣の指定した官選弁護人しか認められなくなった。官選弁護人による弁護は、まさしく転向強要の加担者というべき内容のものとなった。
 この痛苦な経験に対する反省が戦後の弁護士法改正による「弁護士自治制度」すなわち弁護士に対する懲戒権は国家機関ではなく、弁護士だけが有するという制度に結実した。弁護士自治が、司法の独立・自立性を維持し、さらには民主主義社会を支える根幹であることを忘れてはならない。
 いま、司法改革を通じて弁護士の数が激増し、このような過去の歴史を知らない法曹も増えている。私は、若き法曹に対して、自らの自律的な活動の根底をなし、また権力の違法不当な行使に対して敢然とした弁護活動を繰り広げるための制度的保障である弁護士自治を、大切に考え、これを守り育てていくことを強く求めておきたい。

3 治安維持法と共謀罪の共通点と相違点
 治安維持法は、日本共産党、その周辺団体、合法的無産政党から、大本教や創価学会、天理教、キリスト教などの宗教団体、学界、雑誌編集者、企画院のような政府機関にまで適用を拡大されていった。その過程をまとめることは別の機会に譲りたいが、治安維持法と共謀罪は、団体の構成員を処罰しようとする団体規制法であるという点で共通している。処罰範囲が拡大され、不明確になり、拡大適用すれば、体制に抵抗する団体に対する一網打尽的弾圧を可能にする手段となりうる点も共通している。共謀罪は、処罰時期の前倒しそのものであるが、治安維持法における目的遂行罪、団体結成準備罪なども、処罰可能時期を早めるものであった。治安維持法は適用範囲が拡大する傾向が顕著であったが、共謀罪も法案の起草時には立法事実はなく、条約批准のためだけに必要と説明していたが、法律が可決される前から、テロ対策に必要不可欠とされ、産経新聞などは共謀罪の捜査のために通信傍受が必要などと言い始めており、適用範囲の拡大と自己増殖が既に始まっている。
 相違点としては、共謀罪は具体的な犯罪の準備が処罰条件とされているが、治安維持法は団体の結成・準備、目的遂行のための行為全体がすべて処罰対象とされた。しかし、治安維持法は国体変革・私有財産否認という目的限定があったが、共謀罪は676にも及ぶ犯罪の実行を目的とする団体であればよく、目的面の限定はより希薄である。より拡大解釈の余地が大きいともいえる。
 いずれにしても、共謀罪法案には、現代の治安維持法と呼ぶことのできる、広汎性と強い濫用の危険性が潜在している。このような法案を成立させ、安倍政権の手に渡すことは、戦争への道を掃き清めるものと言うほかない。


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by oomawotomeru | 2017-05-06 19:19 | Comments(0)


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2012年4月「原発に反対しながら研究をつづける小出裕章さんのおはなし」をクレヨンハウスから出版しました。2011年3月変わってしまった世界を生きる子どもたちへ、この本を読んでよりよい未来を生きて欲しいとの願いをこめて書きました。
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