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MOX燃料 1本9億円で大間原発は赤字・・

原発が不経済なエネルギーであることはもう証明済みである。
大島堅一「原発はやっぱり 割に合わない」東洋経済新報社

なぜ、それでも原発をつくるのか?
それもべらぼうにコストの高いMOX燃料を使って・・。

高浜原発のプルサーマルは1本9億円だそう。

大間原発はその馬鹿高いMOX燃料を100%装荷するのだ。
電源開発は、大間原発に何本MOX燃料を入れるのか
明らかにしていないが、通常130本をこえる燃料集合体に
MOX燃料を使うとなればなんという無駄づかい!

奨学金がサラ金になり
介護保険の適用範囲が狭くて
働くヘルパーの待遇はちっともよくならない
消費税が10%になるのはいつ?
女に働けといいながら保育園が少ない
保育は誰でもできるから素人にオーダーする

・・・原発止めてこれ迄の廃棄物処理に順当に電気料金を使い
防衛費を削ったら
そして米軍への「思いやり予算」を切って
米軍基地への過大な予算を見直せば
日本は豊かで教育を受けられる黄にとして生き残れる

原発止めて、戦争止めたら
日本は豊かに生きられる。

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MOX燃料の価格、ウランの9倍 高浜原発で1本9億円

05:05朝日新聞

MOX燃料の価格、ウランの9倍 高浜原発で1本9億円
MOX燃料の輸入量と価格
(朝日新聞)
 使用済み核燃料を再処理して作るウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX)燃料は、通常のウラン燃料より数倍高価なことが、財務省の貿易統計などから分かった。再稼働した関西電力高浜原発3、4号機(福井県)などプルサーマル発電を行う原発で使われるが値上がり傾向がうかがえ、高浜で使うMOX燃料は1本約9億円となっている。

 プルサーマル発電は使用済み核燃料から取り出したプルトニウムを再利用する国の核燃料サイクル政策の柱とされる。核兵器に転用できるプルトニウムの日本保有量(47・8トン)を増やさない狙いもあるが、国内の再処理施設は未完成なうえ、コスト面でも利点が乏しいことが浮き彫りになった。

 電力各社は使用済み核燃料の再処理をフランスなどに委託。MOX燃料は1999年以降、東京電力福島第一、柏崎刈羽、中部電力浜岡、関西電力高浜、四国電力伊方、九州電力玄海の各原発に搬入された。27日に核分裂反応が継続する「臨界」に達した高浜4号機は、核燃料計157本のうちMOX燃料(燃料集合体)が4本、3号機は同じく24本入っている。燃料集合体は燃料棒を束ねたもので、長さ約4メートル、重さ約700キロある。

 電力各社は「契約に関わる事項」などとしてMOX燃料の価格を明らかにしていないが、貿易統計で輸送費や保険料を含むとされる総額が公表されている。それを輸入本数で割ると、MOX燃料1本あたり2億604万〜9億2570万円。時期でみると、99年の福島第一は1本2億3444万円なのに対し、直近の2010年と13年は7億〜9億円台。13年6月に高浜に搬入されたものは1本9億2570万円となった。

 ウラン燃料の価格も非公表だが、同様に98年7月輸入分は1本1億1873万円。13年10月の輸入分は同1億259万円で、13年6月輸入のMOX燃料はこの約9倍にあたる。
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by oomawotomeru | 2016-02-28 10:15 | 大間原発情報 | Comments(0)

「ルンタ」シネマアイリスで・・

あす、「ルンタ」の最終日。

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「蟻の兵隊」のコツコツ映像を積み重ねる池谷監督のドキュメンタリーは
観るものの目を逸らさせない。
「ルンタ」はどのようにチベット描くのか・・

明日がたのしみ・・というか怖いのだけれど。

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「蟻の兵隊」「延安の娘」などのドキュメンタリー作家・池谷薫が、
中国政府の圧政に対し非暴力の闘いを続けるチベットの人々をとらえたドキュメンタリー。
チベット仏教の指導者ダライ・ラマ14世が暮らすインド北部の町ダラムサラで
彼らを支援する日本人建築家・中原一博を案内人に、
焼身抗議を行なう若者たちや、刑務所での厳しい拷問を耐えぬいた元尼僧、
24年もの長期間にわたって獄中生活を強いられながらも仏教の教えを守り続けた老人ら、
不屈の精神で強大な権力に立ち向かうチベット人たちの生の声をすくいあげ、
慈悲や利他の心に基づいた彼らの内なる思いを浮き彫りにしていく。
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by oomawotomeru | 2016-02-26 00:59 | 映画 | Comments(0)

米核実験で被曝した日本漁船の船員が船員保険申請

1950年代米国の核実験が繰り返し行なわれ
そこを漁場にしていた日本漁船の乗組員が被曝させられた

周辺海域で操業し,被曝した漁船員らが船員保険を申請した。
半世紀を超えて体の障害を抱え行きてきた方たちにすくいはあるのだろうか?


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以下朝日新聞デジタルより
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米核実験で被曝」 船員保険を申請へ 高知の元乗組員ら7人
2016年2月20日05時00分
  
 マーシャル諸島で米国が1950年代に繰り返した核実験で被曝(ひばく)したとして、周辺海域にいた漁船の元乗組員 らが「船員保険」の適用を求めて集団申請する。発症した病気が被曝によるものと認められれば、事実上の「労災」として扱われる。

 市民団体「太平洋核被災支援センター」(事務局・高知県宿毛市)によログイン前の続きると、船員保険を申請する意向を持つのは高知県内の80代の元乗組員5人と遺族2人の計7人。さらに数人増える見通しで、申請先は「全国健康保険協会」を予定しているという。元乗組員らはがんや心筋梗塞(こうそく)などを患ったとされ、被曝が原因と認められると、治療費の自己負担分がなくなるほか、遺族年金も支給される。

 岡山理科大の豊田新(しん)教授(放射線線量計測)が元乗組員5人のうちの1人の歯を分析したところ、最大414ミリシーベルトの被曝が確認された。71年前に広島に投下された原爆に当てはめた場合、爆心地から1・6キロでの被爆に相当する線量という。ほかの元乗組員らについても、白血球の減少を示す当時の血液検査結果が残っているという。

 一方で、被曝の線量が分かったとしても、放射線が病気や死因にどう関わっているのかを証明するのは難しい。すでに元乗組員は高齢になっており、生活習慣を含むほかの原因とされる可能性もある。

 太平洋核被災支援センター事務局長の山下正寿さん(71)は「福島の原発事故を受けて『核と人類は共存できるか』が問われる今、マーシャル諸島で起きたことを社会で共有する必要がある。申請を通じ、救済が放置された人の存在を知ってほしい」と話す。

 54年3月1日の同諸島ビキニ環礁での水爆実験で被曝したと日本政府が唯一認めたマグロ漁船「第五福竜丸」では、元乗組員2人と5組の遺族に船員保険が適用された。元乗組員らを支援した「生協きたはま診療所」(浜松市)の聞間元(ききまはじめ)医師(71)は「被曝した事実があり、放射線との関連が疑われる病気にかかっているのであれば、船員保険の申請を認めるべきではないか」と指摘している。

 (西村奈緒美、佐藤達弥)
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by oomawotomeru | 2016-02-20 10:36 | 原発一般 | Comments(0)

清末愛砂さん、札幌総がかり運動スピーチ

清末さんが札幌で「戦争させない北海道委員会」でスピーチしました。
自らの戦争体験をかたりました。
「戦場の音」が命に直結する・・

戦場という場で人は生きるために耳を澄ます
戦場で自分の体が命のために感覚を研ぎすます
戦場で人は自分の命と出会う

そんな経験できればしたくない
愛する人にそんな経験をさせたくない
以下、清末さんのスピーチです
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ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 本日、雨の中、札幌で「戦争をさせない北海道委員会」総がかり行動が行われました。屋外集会が始まると同時に結構な雨が降り始めましたが、デモのときは小雨になりました。ほっ。参加された皆さま、お疲れ様でした。以下に、本日の私のスピーチを掲載します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
 真冬の札幌で総がかり行動に参加されている皆さん、こんにちは。室蘭工業大学の清末愛砂です。昨年9月に強行採決された戦争法の施行が差し迫っている今、私はあらためて武力が行使される現場、すなわち戦場と呼ばれるところがいかなるものであるのか、ということを考えています。
 記憶とは実に恐ろしいものです。日々、さまざまな記憶が私の中にインプットされますが、同時にその多くはどこかに消えていきます。しかし、私の中から消え去らないものがあります。そのことを少しだけ皆さんと共有したいと思います。私は普段、自分の戦場経験の詳細を語りません。必要に迫られたときに話をすることはありますが、積極的には話さないようにしています。それはなぜなのか。答えは単純です。怖いからです。口にするのがとてつもなく怖いからです。思い出したくないこと。しかし、どうしても記憶の中から消え去らないもの。それが私のパレスチナでの戦場経験です。2002年、イスラエル軍がパレスチナのヨルダン川西岸地区で大規模な軍事作戦を敢行したとき、私はその場にいました。
 戦場にいると、聞き分けないといけないものがあります。それは銃声の種類です。シャープな音。重くて、鈍い音。これらの響きを瞬時に聞き分け、誰が撃っているのかということを判断しなければなりません。なぜなら、それにより、自分の生命を守るからです。戦場が身近にある生活を経験すると、おのずと身につきます。M16自動小銃なのか、それともカラシニコフなのか。使用されているのは実弾か、それともゴム被膜弾か。バズーカ砲か、戦車砲、音響爆弾か。照明弾は何のために打ち上げられたのか。それだけではありません。戦場では人や家屋等を撃つために走り回る戦車の動きや一人ひとりの兵士の顔つきから瞬時にその危険性を判断し、状況を見極める必要があります。
 激しい銃撃音とともに目を覚ますとき、頭の中ではここより安全なところを探して、逃げろと言い聞かせていても、恐怖のあまりしりもちをついたまま、動けずにいることがあります。文字通り、腰が立たなくなるのです。悲しいことに、そのような絶体絶命の危機に置かれても、多少の笑いが出ることもあります。これは本当の意味での笑いではありません。恐怖と緊張のあまり、笑いたくもないのに、笑いが出てくるのです。恐怖心をまぎらわす行為が、ひきつった笑いになるのです。
 安倍晋三さん、このような残酷な世界を作りだすのが戦争法です。私は少なくともあなたより、戦場の姿を知っている。戦場のリアルな姿を知らないあなたは人を戦場に送り、人を殺すために武器を使用させる。戦場以外の場所では理性的に振る舞い、優しい笑顔で微笑む人々を殺人へと追い込む。人は銃を持った瞬間に豹変するのです。銃口が向けられたときに人が感じる恐怖。実際に銃撃音が響き渡っている最中に感じる恐怖。あなたは経験しないでしょう。しかし、あなたやあなたの支持者たちが生み出した戦争法は、そのような経験を人に強いるのです。今、あなたがやらなければならないことは、<積極的平和主義>という名の軍国主義を体現する戦争法の施行ではありません。あなた自身がけっして味わうことがない恐怖を想像しようと試みることです。平和主義を謳う日本国憲法の下で、首相であるあなたがそれを試みようとしないのであれば、私たち民衆には一つの選択しかありません。私たちはあなたが強いる恐怖から免れるために、あなたが率いる政権を倒します。皆さん、私たちの平和的生存権の実現を求めて、ともに闘いましょう。
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by oomawotomeru | 2016-02-19 23:38 | 憲法 | Comments(0)

清末愛砂さん、札幌総がかり運動スピーチ

清末さんが札幌で「戦争させない北海道委員会」でスピーチしました。
自らの戦争体験をかたりました。
「戦場の音」が命に直結する・・

戦場という場で人は生きるために耳を澄ます
戦場で自分の体が命のために感覚を研ぎすます
戦場で人は自分の命と出会う

そんな経験できればしたくない
愛する人にそんな経験をさせたくない
以下、清末さんのスピーチです
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 本日、雨の中、札幌で「戦争をさせない北海道委員会」総がかり行動が行われました。屋外集会が始まると同時に結構な雨が降り始めましたが、デモのときは小雨になりました。ほっ。参加された皆さま、お疲れ様でした。以下に、本日の私のスピーチを掲載します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
 真冬の札幌で総がかり行動に参加されている皆さん、こんにちは。室蘭工業大学の清末愛砂です。昨年9月に強行採決された戦争法の施行が差し迫っている今、私はあらためて武力が行使される現場、すなわち戦場と呼ばれるところがいかなるものであるのか、ということを考えています。
 記憶とは実に恐ろしいものです。日々、さまざまな記憶が私の中にインプットされますが、同時にその多くはどこかに消えていきます。しかし、私の中から消え去らないものがあります。そのことを少しだけ皆さんと共有したいと思います。私は普段、自分の戦場経験の詳細を語りません。必要に迫られたときに話をすることはありますが、積極的には話さないようにしています。それはなぜなのか。答えは単純です。怖いからです。口にするのがとてつもなく怖いからです。思い出したくないこと。しかし、どうしても記憶の中から消え去らないもの。それが私のパレスチナでの戦場経験です。2002年、イスラエル軍がパレスチナのヨルダン川西岸地区で大規模な軍事作戦を敢行したとき、私はその場にいました。
 戦場にいると、聞き分けないといけないものがあります。それは銃声の種類です。シャープな音。重くて、鈍い音。これらの響きを瞬時に聞き分け、誰が撃っているのかということを判断しなければなりません。なぜなら、それにより、自分の生命を守るからです。戦場が身近にある生活を経験すると、おのずと身につきます。M16自動小銃なのか、それともカラシニコフなのか。使用されているのは実弾か、それともゴム被膜弾か。バズーカ砲か、戦車砲、音響爆弾か。照明弾は何のために打ち上げられたのか。それだけではありません。戦場では人や家屋等を撃つために走り回る戦車の動きや一人ひとりの兵士の顔つきから瞬時にその危険性を判断し、状況を見極める必要があります。
 激しい銃撃音とともに目を覚ますとき、頭の中ではここより安全なところを探して、逃げろと言い聞かせていても、恐怖のあまりしりもちをついたまま、動けずにいることがあります。文字通り、腰が立たなくなるのです。悲しいことに、そのような絶体絶命の危機に置かれても、多少の笑いが出ることもあります。これは本当の意味での笑いではありません。恐怖と緊張のあまり、笑いたくもないのに、笑いが出てくるのです。恐怖心をまぎらわす行為が、ひきつった笑いになるのです。
 安倍晋三さん、このような残酷な世界を作りだすのが戦争法です。私は少なくともあなたより、戦場の姿を知っている。戦場のリアルな姿を知らないあなたは人を戦場に送り、人を殺すために武器を使用させる。戦場以外の場所では理性的に振る舞い、優しい笑顔で微笑む人々を殺人へと追い込む。人は銃を持った瞬間に豹変するのです。銃口が向けられたときに人が感じる恐怖。実際に銃撃音が響き渡っている最中に感じる恐怖。あなたは経験しないでしょう。しかし、あなたやあなたの支持者たちが生み出した戦争法は、そのような経験を人に強いるのです。今、あなたがやらなければならないことは、<積極的平和主義>という名の軍国主義を体現する戦争法の施行ではありません。あなた自身がけっして味わうことがない恐怖を想像しようと試みることです。平和主義を謳う日本国憲法の下で、首相であるあなたがそれを試みようとしないのであれば、私たち民衆には一つの選択しかありません。私たちはあなたが強いる恐怖から免れるために、あなたが率いる政権を倒します。皆さん、私たちの平和的生存権の実現を求めて、ともに闘いましょう。
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by oomawotomeru | 2016-02-19 23:36 | 憲法 | Comments(0)

今中哲二助教・京大原子炉実験所最終講義

京大原子炉実験所・今中哲二助教の最終講義
47年間にわたる原子力との関わりを話す。

広島・長崎・スリーマイル、チェルノブイリ。福島までを語る
福島原発事故以降現地での調査を始め、チェルノブイリ現地への訪問調査で
福島原発事故の対応に精力的に動いた

原子力の専門家として原子力に反対する学者がまた一人いなくなり
日本の反原子力の社会はどう変わるのか

福島原発事故から5年、これから始まる変化にどのように対応して行くのか?
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最終講義をする今中哲二助教=大阪府熊取町の京大原子炉実験所、田井中雅人撮影

「核の神話」バックナンバー
特集:核といのちを考える
 まずは京大原子炉実験所(大阪府熊取町)の「熊取6人組」の最後の現役、今中哲二助教(65)による1月28日の最終講義(学術講演会)「原子力と付き合って47年:広島・長崎、チェルノブイリ、そして福島」を再現したい。出世と無縁だったが、国、電力会社、学界の「原子力ムラ」の面々が原発を推進するなか、その危険や課題を訴え続けた。

     ◇

■今中哲二・京大原子炉実験所助教の最終講義(2016年1月28日)

【個人的なこと】

 私が原子炉実験所に助手として着任したのは1976年のことでしたから、この4月で丸40年になります。原子力発電が日本で本格的に始まったのは、70年3月に運転を開始した敦賀1号。敦賀原発からの電気が、大阪万博の開催に合わせて千里の万博会場に送られたというニュースを大阪大原子力工学科の学生として誇らしく感じました。以来、原子力屋の端くれとして、日本の原発の「盛衰」を50年近く眺めてきたことになります。

 日本の原子力開発のありように疑問を持ち始めたのは東工大の大学院生時代。当時、日本中で原発建設が進められていたと同時に、ほとんどすべての原発予定地で強い反対運動が起きていました。反対運動を支援しているグループと一緒に現地へ行く機会があり、地元の人と交流する機会がありました。建設に反対している人々から「国や電力会社は『どんなことがあっても事故は起きません』『原発ができたら地元におカネが入るし、仕事も増える』と言っている。では、何でそんなに結構なものを都会のまわりにつくらず、伊方や柏崎といった田舎につくるのか」という問題提起を受けました。そうした問題提起や反対運動をカネと力で押しつぶしながら原発が増え続け、最後には福島原発事故に至ってしまいました。

 私の学生時代は大学騒動やベトナム戦争反対運動など学生運動まっ盛りの時代でした。いわゆる活動家だったことはありませんが、若いなりに社会に向き合い、社会全体を客観化し、自分がどのような生き方を選択するのかが問われた時代でした。まずは「大手企業に就職して日本の中枢を支えている部分を眺めてみよう」と思っていたのですが、折からの第1次石油ショックで求人が冷え込んでいたところに、知り合いから「京大原子炉で助手を公募しているので受けてみたら」と声がかかりました。軽い気持ちで応募したら、筆記試験と面接があって、どういうわけか採用された。という次第で、原子力開発のありように疑問を抱き、研究者を志していたわけでもなかった原子力工学の大学院生が、なりゆきで原子炉実験所の助手になってしまった、というのどかな時代でした。

 伊方原発裁判は、四国電力伊方原発の設置許可取り消しを求めた日本で最初の原発裁判で、私が原子炉実験所に入所したとき、海老澤徹、小林圭二、瀬尾健、川野真治、小出裕章の5人の助手が、原発安全性の技術的問題に関する原告住民側の助っ人として裁判に関わっていました。私もグループに加わって裁判を手伝いました。私にとって、伊方裁判を手伝い傍聴した経験は、原発の技術的問題をはじめ、原発がもっている社会的問題、さらには国の原発安全審査に関わっていた先生方の専門的レベル、そもそも裁判の社会的役割に至るまで、いろいろ勉強になりました。

 一方、原子炉実験所の助手になったものの、研究者としてはしばらくは「暗中模索」の状態でした。転機となったのは、79年に米国で起きたスリーマイル島原発事故。それまでの日本の原発安全性の議論は机の上での議論でしたが、この事故は原発というものが破局的な事故に至る可能性を抱えていることを事実で示しました。

 スリーマイル島原発事故を調べ、勉強する中で、原発に対する私のスタンスは「その安全性に疑問を持つ」から「もともと危険なもので、下手をしたら大災害が本当に起きてしまう」というものに変わりました。この事故による放射能放出量評価の仕事を瀬尾さん(94年逝去)と一緒にやった経験が、研究者としてのその後の私のベースになったと思っています。

【広島・長崎】

 広島・長崎の原爆放射線量問題の勉強を始めたのは、80年ごろでした。広島・長崎の被爆生存者追跡調査のために当時使われていたT65D線量が間違っているという記事がScience誌に出たのをきっかけに、原子力資料情報室の高木仁三郎さん(2000年逝去)の提案で勉強会を始めました。その会で、放射線輸送計算を私が担当することになり、いろいろな方の手ほどきを受け、新しい原爆放射線量DS86の検証計算をしました。

 その後、DS86に基づく計算値と測定値が合わないという問題が浮上し、広島大の葉佐井博巳さんから「今中さん、計算できるんなら手伝えや」と誘われ、広島グループとの共同研究が始まりました。原爆線量問題は葉佐井さんが日本側の責任者として日米合同ワーキンググループとして問題解決にあたることになり、私も手伝うことになりました。曲折はあったものの、新たな原爆線量評価システムとしてDS02が2004年に採択されました。

 DS02で扱っているのは原爆炸裂(さくれつ)時の初期放射線のみで、中性子誘導放射能や放射性降下物といった、いわゆる残留放射能については、初期放射線に比べて寄与が小さいということで扱っていない。DS02以降は残留放射能にともなう被曝量を見積もっておく作業をやってきました。

 1945年8月6日の広島原爆投下後の黒い雨や残留放射能の問題について、9月の枕崎台風で全部流れちゃったという専門家の方もいらっしゃるんですけれども、そんなことはない。この間、雨がほとんど降っていませんから。最大でバックグラウンドの6倍から7倍の(放射線量率の)数値が出ています。

【チェルノブイリ原発事故】

 「チェルノブイリ」という聞き慣れない言葉を耳にしたのは1986年4月29日、当時の天皇誕生日の朝でした。その3日前にソ連の原発で重大事故が起きてスウェーデンでも放射能が検出された、というニュースだったと思います。事故の詳細は分からないが、日本まで放射能が飛んでくるかもしれないというので、小出さんとモニタリングの準備を始めました。チェルノブイリからの放射能を熊取で検出したのは5月3日に降った雨の中のヨウ素131でした。5月5日のエアサンプリングでは1立方メートルあたり0.5ベクレルのヨウ素131を検出しました。

 私たちのグループは、事故直後から瀬尾さんを中心に世界規模での放射能汚染評価を試みていましたが、ソ連国内のデータが全くといっていいほど出てきませんでした。状況に変化が起きたのは事故から3年たった1989年春のことで、ゴルバチョフの民主化政策によってソ連共産党の独裁体制が崩れ始め、チェルノブイリ周辺の汚染地図がようやく公開されました。ベラルーシ科学アカデミーの研究者と交流が始まり、90年8月に初めて瀬尾さんとチェルノブイリに行きました。これまで23回チェルノブイリに行き、最初は共同研究でもしようかと思っていたんですが、ソ連・ロシアの連中がほとんどやるべきことはやっていた。ただ、西側に情報が出てこない。当時、向こうの研究者はほとんど英語で論文を書きませんでしたから、行って会って話をして、おもしろい研究があったらそれをリポートにしてもらって、それを英語と日本語でパブリッシュをするということをやっていました。それなりにいい仕事ができたんじゃないかと思っています。

 情報が出てこなかった3年間の間に埋もれてしまったものもいっぱいある。91年にソ連がつぶれて92年にソ連共産党の秘密文書が出てくる。(チェルノブイリ原発事故で)何百人もの一般人が病院に収容されていた、と。これは、オーソリティーあたりの間では、いまだに全く無視されている話です。

 「原発で最悪の事態が起きたらどのような被害が周辺にもたらされるか」という問題意識でチェルノブイリのことを調べてきました。20年以上にわたるチェルノブイリ通いをして得た教訓は次の二つです。

(1)原発で大事故が起きると周辺の人々が突然に家を追われ、村や町がなくなり地域社会が丸ごと消滅する。

(2)原子力の専門家として私に解明できることは事故被害全体のほんの一側面にすぎず、解明できないことの方が圧倒的に大きい。

 今、事故を起こしたチェルノブイリの原子炉に石棺をつくろうとしている。見に行ったときに「あと何年持つねん?」と聞いてみたら、「100年は持ちます」という。「そのあとは?」「わからん」ということです。

【福島原発事故】

 2011年3月までの私は、「日本でも54基の原発が運転されており、下手をしたらチェルノブイリのようなことが起きる可能性がある」と警告を発していればよかったのです。3月11日の地震・津波によって福島第一原発で全交流電源が失われ、翌12日の午後に1号機で爆発が発生。その映像を繰り返し眺め、原子炉建屋天井は吹っ飛んだものの格納容器が破壊されていないのを確認して私はほっとしました。14日には3号機建屋も爆発しましたが、「福島がチェルノブイリのようになってしまった」と私が確信したのは、3月15日午前11時の記者会見で当時の枝野官房長官が「2号機の格納容器が壊れたもよう」と発表したときでした。実際、その日の午後、北西方向への風によって、浪江町、飯舘村、福島市の方へ流れたプルームが、雨や雪と重なって地表に大量に沈着し、「北西方向高汚染帯」が形成されました。当時の状況から考えて、福島第一原発周辺では広範囲に汚染が生じているのは明らかでしたが、どういうわけか汚染に関する情報が全くといっていいほど発表されませんでした。私たちが飯舘村の調査に入ったのは、汚染が起きてから2週間後の3月29日。南部の長泥地区で最大30マイクロシーベルトの線量率を測定しました。土壌汚染核種濃度から逆算すると、3月15日の夜は150~200マイクロシーベルトありました。地元の人によると、「3月15日の夜、白装束の男たちがやってきて測定して帰ったが、値は教えてくれなかった」そうです。どうも福島の原子炉と同じく、当時、日本の原子力防災システムもメルトダウンしていたようです。

 ログイン前の続き飯舘村が避難区域に指定されたのは4月22日。私たちが実施した「飯舘村初期被曝評価プロジェクト」の結果では、飯舘村民が避難するまでの平均外部被曝量は7ミリシーベルトとなりました。全村避難が続く飯舘村では2017年春の避難解除に向けて大規模な除染が実施されています。しかし、すぐ村へ戻ろうという人はせいぜい2割。除染をえらい勢いでやってますけれども、除染の効果は基本的に5割だと思って下さい。セシウムはそんなに動きませんから、地元の人には「これから30年、50年先を考えながらやっていくしかないです」と言ってます。大変ですけれども、汚染地域で暮らすということは、余計な被曝をしないということと同時にある程度の被曝は避けられないという、相反することにどう折り合いをつけるか。福島での私のこれからの役割は、人々が放射能汚染に向き合うときに必要な知識を提供し、人々が判断するときに手伝いをすることだと思っています。

 「リスクがある」ということは、はっきり言う必要がある。世間の人は「安全か、危険か」「ここに住めるのか、どうなんだ」という聞き方をするんですね。要するに「0か1かで答えろ」と。「それは無理だ。リスクはつきまとうし、自然放射線もあるし、医療放射線もあるし、そういうリスク全体の中で汚染地の中に住むというのはどういうことなのか。私は情報は出せるけれども、住むか住まないかは、その人の判断だ」という言い方をしています。

 環境省さんから2年間ほどお金もらって、飯舘村の初期被曝評価をやったら、福島県民調査の数字の倍ぐらいでした。実は私、ほっとしたんです。10倍も違ったら困るなと思って。これくらいの被曝で、集団線量はこれくらいで、もしリスクファクターはこれを使ったらこれくらいで、という数字を出したら、どうも環境省のお役人が気に入らない。「今中先生、こんな数字を出してもらったら困ります。リスクコミュニケーションの邪魔になります」と言われた。リスクコミュニケーションとはそもそも何ぞやと勉強すると、私自身がやってることだ、と。

 地元の人と1対1で「先生、住めるか住めないか、答えろ」と突っ込まれますよね。「ほんなもん、答えられるか」って。でもね、30分ぐらい話をすれば、だいたいなんとなく分かっていただける、という気がしています。地元に入って、ひざ詰めでやって、それを積み上げていくのが一番だし、福島の問題を考えるには、被災者が納得できる方向でお金を使うべきですし、政策をやっていくべきだろうと思っています。いろんな意見をフランクにしゃべりながら、それぞれの人が納得していく。これがリスクコミュニケーションですけれども、福島県で環境省などがやってることは、「刷りコミュニケーション」です。

 福島の事故が起きてから、「100ミリシーベルト以下では被曝影響が観察されていない」と繰り返し繰り返しいう人たちが出てきますけれども、彼らの根拠は何かというと、結局、広島・長崎の被爆者追跡データですね。ただ、このデータは元々、100ミリシーベルトとか細かいところを議論するような設計にはなっていません。ここだけ見ていても実態はわからない。

 もうちょっとみなさん勉強してよ、と思うのは、去年出てきた英米仏3カ国の30万人の原子力労働者データやオーストラリアの子どもたちのCT検査データ、スイスの自然放射線と小児がんの200万人の追跡データもあります。「100ミリシーベルト以下では影響が観察されてません」というのは、私は間違いだと思います。

【まとめ】

 今後、日本は原発をどうするのか。中国がどんどんつくる原発が危険だからやめさせろという声もありますし、福島の事故の前は私も中国の原発が爆発するかもしれないと心配していました。ただ、日本が米国の「核の傘」に入りながら「核廃絶」って言ったって全然迫力がないのと一緒で、中国にやめさせたいのなら、まず足元からやめた方がいいと個人的には思います。

 原子力に頼るかどうかは社会的判断です。原子力の専門家が決める話じゃない。社会が健全で合理的な判断をするための資料やインフォメーションを出していくのが私の役割だと思っています。

 私、なまぐさい現場をずーっと渡り歩いているんで、社会的問題とサイエンスの問題をごちゃまぜにしないようにしています。サイエンスの基本はすべてを疑うこと。それ以上疑えなくなったものが確かだとして残っていく。サイエンスのロジックは確かなことをベースに組み立てるわけですけれども、ここばっかり見てると、すっぽり抜け落ちる部分が出てくる。よくわからないところに大事なファクトがいっぱいある可能性がありますから、ジャーナリストは学者と同じことを言わずに、ちゃんと自分の目で見て自分で判断してくださいね。

 一番大事なのは行政ですけれども、学者さんの大好きなサイエンスの話に合わせたところで(基準を)切っちゃうと、水俣病なり薬害の問題なりのように、(被害者が)すっぽり抜け落ちる。あとになって、「しまった」ということになりますから、予防原則的判断が大事なんだろうと思います。

 市民運動の人は好き勝手にやってくださいと思いますし、私、いろんな裁判をやってますけれども、裁判のロジックっていうのは「何でもあり」。時々弁護士さんに怒られますけれども、「風が吹いたらおけ屋がもうかる」でも、「風が吹いたらおけ屋がもうからない」でも、どちらでも結構という世界なんだろうなあという気がしています。

 私が生まれたのは1950年。子ども時代はテレビも電気冷蔵庫もありませんでしたが、それなりにいい時代でした。70年ごろから日本はエネルギー使い過ぎの時代に入ったと思っています。「1億総活躍」で「GDP600兆円」を目指すより、みんながのんびり暮らせる社会を私は目指したいです。

 最後になりますが、実験所のみなさん、40年間お世話になりました。「今中さんたちは原発反対なり脱原発を旗印にしていたら、さぞかしいじめられたでしょうね」といつも言われるんですけど、いや、そんな思いはさらさらありません。ほめられたこともありませんけれども。とにかくみなさんお世話になりました。これからもいろいろとがんばってください。どうもありがとうございました。

     ◇

 たいなか・まさと 福山支局、ヘラルド朝日編集部、横浜・横須賀支局、外報部、中東アフリカ総局(カイロ)、国際報道部デスク、米ハーバード大客員研究員(フルブライト・ジャーナリスト)などを経て、核と人類取材センター記者。ツイッターhttps://twitter.com/tainaka_m別ウインドウで開きます(核と人類取材センター・田井中雅人)
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by oomawotomeru | 2016-02-16 17:11 | 原発一般 | Comments(0)

清末愛砂氏講演会 戦時体制の構築に抗う・忍耐力こそ

「戦争させない道南総掛かり行動設立記念講演会」が
函館市湯川町函館市民会館で開かれた。

「戦時体制の構築に抗う 忍耐力こそ運動継続の要」
 講師  清末 愛砂 氏(室蘭工業大学準教授準)
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2016年、今年は非常に重要な年を迎えると始まった清末さんの講演会。
一昨年,昨年は戦時体制を構築する準備が確実に進んだ。
2015年9月19日の安保関連法制強行成立。
この法制が実際に施行されたときこの国はどうなるのか?

戦時体制の構築とはどういうことなのか、
国民への監視体制強化
国家は神話をつくる・・脅威を煽る。北朝鮮・中国など
改憲の問題は?。。公益と公共の秩序という発想・・
 個人が潰され,公の利益を優先する、公とは国家を意味する・・国益のために個人を潰す
家族による助け合い・・戦争を支える細胞となる家族・・大日本帝国憲法の思想

着々と進む戦時体制準備を止めるために
私たちのできることは手をつなぎ
憲法を知ること、そして小異をすてて
大きな一つのまとまりを作り出し
平和に生きることを選択したい

現在の私たちに求められるものは
圧倒的忍耐力
国家権力は巨大。運動側の主張ですら利用し
自己正当化を図る
戦時体制に抗する闘いを進めるために
反対するがわも大きな勢力となる必要がある

共闘が必要。共闘すべきものたちがもめることを相手は待っている

緩やかにつながって共闘したい
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by oomawotomeru | 2016-02-13 22:21 | 憲法 | Comments(0)

東京電源開発前・2月19日スタンディングのお知らせ

東京銀座・電源開発前で
大間原発いらない!スタンディングします。
2月19日・・

詳細は以下です。


大間原発はいらない!
スタンディングデモのご案内
2月19日(金)
お昼12時から13時まで
銀座・電源開発本社前
大間原発の建設が進む中、「大間原発はいらない!」の思いを伝えるため、3月19日に銀座の電源開発本社前にてスタンディングデモを始めました。19日は熊谷あさ子さんの月命日です。デモの出入りは自由です。都合のよい時間だけでも、皆さまのご参加をお待ちしています!
*スタンディングデモとは、参加者が自分の思いを記したプラカード等をかかげて、黙って立っているというスタイルの沈黙の意志表示です。
★電源開発本社  東京都中央区現座6-15-1  TEL 03-3546-2211(代表)
東銀座駅 徒歩3分(東京メトロ日比谷線、都営浅草線 4番出口)
銀座駅 徒歩8分(東京メトロ銀座線) 
有楽町駅 徒歩15分(JR山手線、京浜東北線)
<次回スタンディングデモ>
2016年3月17日(木)昼12時~13時、電源開発本社前
<次回函館市大間原発裁判>
2016年4月20日(水)15時より東京地裁大法廷で函館市大間原発建設差し止め裁判の第8回口頭弁論があります。
報告集会:参議院議員会館講堂(予定)
開始:16時 (開場:15時15分)(予定)
主催:大間原発反対関東の会 
連絡先 080-6616-9604 (玉中)
aki-trsk@outlook.jp (寺崎)
(同:経済産業省前テントjひろば)
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by oomawotomeru | 2016-02-07 23:46 | 大間原発情報 | Comments(0)

函教大・大間原発と函館から・原発問題を考える


昨年12月、国際地域学科宮崎研究室のチームのみなさんに
大間原発のことを話させていただく機会を頂いた。
所定の一時間半を超えてみなさん真剣に聞いてくれました。

今日は(24日)地域プロジェクトの成果発表の日。
早速駆けつけました。
みなさんと再開して記念撮影
可愛いなんて言っていいのかどうか、でも可愛いのです。
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2016年1月24日、函館教育大学・地域プロジェクト
「地域の防災とエネルギー政策」 の成果発表会
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これは私がみなさんにお話しした内容です
大間原発の概要、
*世界で初めてのフルMOX原発であること
*電源開発は初めて原発を建てる
*原発が生み出すゴミは次の世代につけ回し
*原発が生み出す放射能は未来を生きる子どもたちに強く影響する
・・未来に対して今を生きる大人の責任は?
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学生さんたちは、函館市役所訪問・小泉元首相講演会、
映画「ミツバチの羽音と地球の回転」の上映など・・

下記のメッセージになりました

今後のフィールドワークの予定として大間町を訪問を考えています。
ぜひ同行しようと思ています。

メッセージ
「北海道は広大な土地を豊かな自然環境を有し、自然エネルギー実用化の可能性を占ううえで情字用なモデル地域となっています。そのなかでも函館市は、地方自治体として初めて、大間原発の建設差止を求める訴訟の当事者となり、エネルギーと防災、市民生活の今後を考えるためのに重要な問題提起を行なっています。
道南。函館に住む私たちの使う電力の必要量を再検討し、生活設計をしていく上で、どのようなもんだいがあるのか。鎌中ひとみ監督のドキュメンタリー映画『六ヶ所村タプソディー』を上映し、地域の視点からエネルギー問題経の理解を深めるきっかけにしたいと考えています。」
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by oomawotomeru | 2016-02-06 23:53 | 大間原発情報 | Comments(0)

スーパーの消費期限切れの食品廃棄禁止の法律・・世界初

フランスは、スーパーマーケットに対し、賞味期限切れの食品の廃棄を法的に禁止した世界で最初の国になった。テレビ「iTele」が伝えた。



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報道によれば、フランス上院は、満場一致で、新しい法案を可決した。この法律は、直ちに効力を発した。すでに今日5日、フランスの大手スーパーマーケットは、調味期限の切れる食品の廃棄が禁止される。それらは廃棄される代わりに、人道援助組織に回され、必要とする人々に配られる。

ブラジル対テロ当局、五輪中の「最悪の事態」に備える
© FOTOBANK.RU/GETTY IMAGES/ MARIO TAMA
ブラジル対テロ当局、五輪中の「最悪の事態」に備える
また新しい法律の中では、故意に食品を廃棄したスーパーマーケットに対する罰則も規定されている。これまで多くのスーパーは、倉庫周辺に集まる失業者やホームレスの人々が食べられないように、食品を故意に「損なって」きた。
この法案の採択に向け尽力した活動家達は、こうした措置が、EUレベルで取られるよう期待している。

先に伝えられたところでは、ブリュッセルのレストランには、メニューに「残飯」から作られた料理がお目見えするとのことだ。



続きを読む http://jp.sputniknews.com/europe/20160206/1560583.html#ixzz3zOMHANdE
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by oomawotomeru | 2016-02-06 21:56 | 世界 | Comments(0)


大間原発を止めるための情報交換


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「小出裕章さんのおはなし」

2012年4月「原発に反対しながら研究をつづける小出裕章さんのおはなし」をクレヨンハウスから出版しました。2011年3月変わってしまった世界を生きる子どもたちへ、この本を読んでよりよい未来を生きて欲しいとの願いをこめて書きました。
「原発に反対しながら研究をつづける小出裕章さんのおはなし」著者:野村保子 監修:小出裕章

http://www.amazon.co.jp/%E5%8E%9F%E7%99%BA%E3%81%AB%E5%8F%8D%E5%AF%BE%E3%81%97%E3%81%AA%E3%81%8C%E3%82%89%E7%A0%94%E7%A9%B6%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%A5%E3%81%91%E3%82%8B%E5%B0%8F%E5%87%BA%E8%A3%95%E7%AB%A0%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AE%E3%81%8A%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%97-%E9%87%8E%E6%9D%91%E4%BF%9D%E5%AD%90/dp/486101218X

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