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寺井拓也さんを偲ぶ・・「原発を拒み続けた和歌山の記録」

寺井拓也さんが亡くなられました。
「原発を拒み続けた和歌山の記録」の編者であり著者でもあった寺井さんとのこと
書かせていただきたいと思います。

私は函館で大間原発に反対する活動を続けてきました。
反原発の学者である小出裕章さんとの知己を得、
2012年、子どものための反原発の本「原発に反対しながら研究を続ける 小出裕章さんのおはなし」
と長いタイトルの本を出版したばかりでした。

この後何を書いて行こうか迷っていた私に
北海道新聞から「原発を拒み続けた和歌山の記録」の書評依頼でした。
地方で原発に反対してきた人にこそ書くべきことがあると・・。

「原発を拒み続けた和歌山の記録」を何十回と読み込みました。
読みながら胸が熱くなりました。
和歌山に原発計画が起きたのは1960年代で同時に反対運動が起きました。
大間原発は1970年代に計画が浮上し、ときを同じく反対運動も起きていた。
しかし和歌山県の5ケ所の原発は立たず
大間原発には建設許可が下りた。
電力による漁業協同組合への働きかけは凄まじいものであったのは全国どこも同じである。
なぜ和歌山は反対できて大間は負けてしまったのか、考える続ける日が続いた。
同じような闘い、体をかけた反対運動をされた人たちの熱い思いが伝わる内容でした。
全国どこでも原発立地地点で起きたであろう地域を分断する闘いの場面です。

もちろん大間町でも起きていました。
家族親戚地域が別れて祭りも開けず、学校でも地域行事も開けない、
そんなことが繰り返されていました。

それを止める為に特効薬はあるのか、
どうすれば止められるのか、流行る気持ちで読み進めました。
しかしなにもなかったのです。一歩一歩今できることを
やり続けてきたのです、和歌山で。
そうかと思いました・・。独りひとりがどうしても止めたいと思うこと・・。
それしかないのだと確信するに至りました。

大間原発に反対するわたしにある覚悟のようなものができたときでもありました。

その書評を読んでくださった寺井さんから連絡をいただいた。
自分達の活動の中で紹介させて欲しいと。
そしてBlogなどに掲載していただいた。

2012年の7月官邸前のでも参加の為に、霞ヶ関のテント村を訪ねたそのときに
寺井さんが取材を受けていた。その手元に「原発を拒み続けた和歌山の記録」があった。
思わず駆け寄り、函館の野村です、と声をかけました。
地方で闘い続けた同志に再開できたうれしさでした。

その後、寿郎社の土肥と言います、と電話があった。
寿郎社の土肥さんとの出会いでした。
大間原発の本の原稿依頼を受けました。
私の遅筆もありようやく2015年3月に「大間原発と日本の未来」を寿郎社から出版しました。

その本を注文していただいたりお手紙をもらったりとお世話になるばかりの繋がりでした。
寺井さんのまとめられた「原発を拒み続けた和歌山の記録」がなければ
私の今の本はなかったか、違った形になっていたと思います。

寺井さんは土肥さんに繋げてくださった恩人であり
今の私を作ってくださったかたです。
もうお会いできないのが大変残念ですがこの後も本を書き続けること
活動し続けることを誓い、寺井さんのご冥福をお祈りします。

以下は北海道新聞に掲載された私の書評です。

日本の原発54基は海岸線にそって日本列島を囲んでいる。しかし紀伊半島には原発がない。「原発のない県」がどのように作られたのか、本書に出てくる日高町が原発を撃退した頃から知りたいと思っていた。
本書はかつて和歌山県の4町5ヵ所に起きた原発建設計画を止めた経緯を、絡み合った糸を丁寧に梳くように読ませる。国の政策の上に胡坐をかき、地域経済や個人の暮らしまでも支配してきた電力会社。強大な資本と国の後押し、そして個人や組織に向けて膨大なお金の攻勢。日本中の原発立地県で行われてきた手法に、原発に反対する個人個人がどのように立ち向かったのか。日本中の原発のある町で、一人またひとりと反対する人が切り崩され、声を上げなくなっていったことは肌身にしみている。なぜ和歌山では執拗な電力会社との20年を超える激しい攻防に立ち向かえたのか。  
しかしここに書かれているのは特別の方法でもなければ奇想天外な手段でもない。愚直なまでの原発を止めたい思い、そのものがここにあった。 
原発建設には原子炉の冷却水として海水を必要とするため漁業組合の認証が不可欠である。漁業組合の総会が原発の可否を決めている、ともいえる。その総会で身体を張って反対を貫いた漁師。総会会場前で座り込みを続けた女性たち。その姿は、今この時も経産省前で原発を止めようと運動を続けるテント村の女性たちの姿に重なる。
市井の学者宇治田一也さんの理論的裏づけ。医師の立場から公害問題に取り組み、勉強会を続けた人たち。一人ひとりの個性を生かした必死の思いが胸に迫る。様々な立場からの反対が、電力会社の圧力を分散しながら受け止めている。
私は大間原発建設に反対して20数年になる。福島原発事故以来、大間を止めるために何ができるか自問する時にこの本と出合った。電力会社の真実を知るための貴重な本であり、電力会社と政治家への対処を学ぶ1冊でもある。
野村保子



以下は寿郎社・土肥さんのつぶやき・・にしてはながい・・
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社長のつぶやき
「訃報が続く――
『原発を拒み続けた和歌山の記録』の寺井拓也さん逝く」
 2016年5月28日、和歌山県田辺市で、
4月14日に70歳で亡くなった寺井拓也さんを偲ぶ会が開かれ、参加した。
 寺井拓也さんは2012年3月11日に寿郎社から出版した
『原発を拒み続けた和歌山の記録』の事実上の編著者で、
田辺市にあって長く反原発・人権擁護・平和運動に取り組んできた人である。
長岡拓也という筆名で『東京脱出――大震災の恐怖』(すずさわ書店、1996年)などを書いたルポライターでもある。
わたしとは20年以上のつきあいで、
『原発を拒み続けた和歌山の記録』が地方出版文化功労賞奨励賞を取ったさいには一緒に鳥取県倉吉市で行なわれた授賞式に参加して記念講演も行なった(2014年)。
 以下は、「偲ぶ会」でわたしが述べた寺井さんの思い出です(抄録……のはずがとても長いです)。
             ◆
 わたしがはじめて和歌山を訪れたのは1990年ごろで、
当時の朝日新聞田辺支局長だった故・三宅一志さんに誘われ、
まいりました。そのとき、三宅記者から汐見文隆先生や南方熊楠の娘さんである南方文枝さんをはじめとする県内のさまざまな方を紹介され、そのときに寺井さんともお目にかかっていると思いますが、
ほんとうに親しくお話しさせていただくようになったのは、1994年からであったと思います。
 1994年の暮れ、先頃92歳で亡くなられた汐見文隆先生が初めて出版された本『低周波公害のはなし』の出版記念会が和歌山市のホテルで行なわれ、出席いたしました。当時、わたしは東京の晩聲社という出版社と、同じ経営者によるすずさわ書店という出版社の編集者を同時にしておりまして、汐見先生の本は晩聲社からわたしが担当して出版させていただきました。
 汐見先生の出版記念会が終わって、寺井さんから本の出版について相談したいとお話があり、
寺井さんとわたしのホテルの部屋で話をしました。
寺井さんは「東京では70~80年ごとに大地震が起こっていて、
関東大震災から70年たったいま、いつ東京に大地震がきてもおかしくはない、
もしいま東京に大地震がきたら少なく見積もっても15万が死ぬことになる。
そのことを指摘し注意を喚起する本を出したい」ということでした。
 そのときわたしはビールを飲みながらお話を聞いていたのですが、
お酒を飲まない寺井さんはお茶を飲みながらとつとつと、
長年ご自身が独自に研究を進めてきた東京震災について熱心に語ってくれまして、
わたしもひじょうに実証的な寺井さんのお話とその誠実なお人柄からその企画を進めようと思いました。
そして、その時はとりあえず原稿を預かって東京に帰ったわけです。
 その本はすずさわ書店のほうから95年2月に出版しました。
この長岡拓也著『東京脱出――大震災の恐怖』という本です。
長岡というのは出身地の新潟県長岡市にちなむ寺井さんのペンネームです。
 この本の原稿は94年の暮れには受け取っていたわけですが、
じつは94年から95年にかけては他の本の企画がつまっていて出版社としてはすぐには出せない状況でした。ところが年が明けた95年1月17日に阪神・淡路大震災が起こりまして、
わたしはあわてて寺井さんに電話して「大至急、原稿にこの地震のことを書き加えてください。
すぐに出版しますから」とお願いしました。寺井さんも大急ぎで原稿の手直しをしてくれました。
出版社というのは現金なもので、
それまでほかの企画がつまっていてすぐには出せないと言っていたのが手の平をかえしたようになって急ぎまして、地震から1カ月後の1995年2月に出版しました。
しかし残念ながらほかの出版社からも大地震に関する本が同時期にたくさん出てしまっていて、
ちょっとそれらの本に埋没する形になって思ったほどには売れませんでしたが、
本書の出版と同時に、
東京の有志たちとともに寺井さんは「東京大震災を考える市民の会」というのを結成しまして、
数か月に一度出版社で行なわれた会議などにも田辺から上京して参加されておりました。
 寺井さんが亡くなってから改めてわたしはこの『東京脱出』を読み直してみたのですが、
出版から21年経った今も内容は少しも古びておらず、それどころか、
ご承知のとおり95年の阪神淡路大震災以後、2011年の東日本大震災、
そして今年熊本の地震が起こり、今となっては、ますます東京・関東の大地震の可能性は高まっているわけで、寺井さんのこの本は今こそ読まれるべき本だと思いました。
 原発反対運動についてもそうですが、このように、寺井さんの考え方、世の中に対して警鐘を鳴らし、
またそれを住民運動として、また執筆活動によって、
実践していく姿勢というのは、まことに先見の明があるといいますか、
正しいものがありまして、この20数年いつもわたしは敬服しておりました。
 寺井さんの『東京脱出』を出版してから3年ほどのちに、
わたしは東京の仕事をやめて郷里の札幌へ帰るわけですが、そこで寿郎社という出版社をつくり、
現在16年になります。ほとんどひとりでやっているような小さな出版社を始めてからも、
寺井さんはわたしの出す本に注目してくださり、よくこっそり(?)本を買ってくれていたようでした。
たまに感想がびっしりと書き込まれた読者はがきが「和歌山寺井」とだけ書いてくるのです。
ずっと低空飛行を続けている出版社ですが、
そうした感想のはがきにどれだけ勇気づけられたかわかりません。
 そうこうしているうちに2011年の3・11が起こりまして、
寺井さんから、和歌山で原発反対運動をしてきた記録を自費出版したいのだけど相談に乗ってくれないだろうかという電話をいただきました。
 そのとき、わたしも3・11の福島第一原発の大事故に接し、
その、国と電力会社のあまりに出鱈目な対応を見て、
出版社としてとにかく原発に対峙しなければならないと思っていたところだったので、
よろこんで『原発を拒み続けた和歌山の記録』を出させていただいたわけです。
 ここから先は、鳥取県での「地方出版文化功労賞」の受賞の際にも申し上げたことですが、
『原発を拒み続けた和歌山の記録』は、和歌山県における住民運動の記録であって、
しかも30年くらい前の話なんですね。
住民運動の記録というのは、資料的価値は別として、ご当地でもまず売れません。
和歌山の人でさえすっかり忘れてしまっているような、しかも30年も前の記録。
それが札幌の小さな出版社から出るのですから、
寺井さんをはじめ編集委員会の方たちも、出した出版社も、
最初から売れるなんて思っていなかった。ところがこれが売れたんです。
3刷で約5000部。大手の出版社から見たらわずかな部数ですが、寿郎社から見たら大したものです。
 わたしとしては当初、売れる売れないよりも、
和歌山での市民による粘り強い反対運動の経過を知ることによって勇気づけられる人が全国にわずかでもいるのでないかと思い、
この本を出版する意味はそこにこそあるということを寺井さんにお伝えしておりました。
しかしふたを開けてみれば「わずか」ではありませんでした。
さまざまなところで取り上げられ、「原発反対運動のバイブル」というと大げさですが、
少なくとも我々が考えていた以上の多くの方々からの反響がありました。
 ここでわたしは、またしても、寺井さんたちの行なってきた運動・考え方の正しさを知ることになりました。
 寺井さんと最後にお話できたのは、
昨年暮れに電話したときだったと思います。
がんであり、抗ガン治療をしないこと、
北海道に知り合いがいるから遊びに行こうと思っているということ、
自分が地元の市民運動の会報に書いているコラムが評判がよいので、
いずれまとめたいと思っていること、
死んだら妻のほうから改めてお願いすると思うので自費出版の相談にのってやってほしいということ、
などを笑いながら話され、またわたしも笑いながら「もちろんいいですよ」と答えました。
 今回、このお別れの会に来る前に、
奥様に送っていただいたそのコラムをまとめた『風にふかれて』を何度も読んでまいりました。
いま、世の一人一人が向き合わなければいけない日本社会の問題点が、
ストレートに、それでいて静かに、だれにでもわかりやすく簡潔に書かれたすばらしいコラム集でした。
これは寺井さんの生前に出したかった本だとわたしは思いました。
 わたしと寺井さんとのお付き合いは、
よき友人であるという側面ももちろんありますが、かたちとしては常に著者と編集者というものでしたから、
わたしは最後までそれを全うしたいと思います。
寺井さんの最後の本を精一杯作らせていただき、それを一人でも多くの読者に届け、
その本によって、経済至上主義的な弱肉強食の世界ではなく、
小さな弱いものがよりよく暮らせる、一人一人の命が大切にされる社会が大切だということを世に知らしめるために、わたしなりに微力を尽くしたいと思います。
そしてそれを天国からいつもの柔和な笑顔で寺井さんに見ていただけたらと思っております。
 ちょっと長いお話になってしまいました。
寺井拓也さんのご冥福をお祈りしてわたしのお話を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。
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by oomawotomeru | 2016-05-29 13:56 | 原発一般 | Comments(0)

自衛隊訓練中に実弾で怪我・・

23日鹿追町で自衛隊が訓練中に実弾で怪我
自衛隊が実弾と食うほうをまちがえることがあるだろうか?

実弾は重いし、空砲はあくまで空砲で軽い
配布間違いだったとして
銃に装填するときにわかるはず

これから解明が進むのかどうかも気になる
自衛隊員は実弾訓練して集団的自衛の名の下に
他国の戦争で実弾撃ったら、実弾の攻撃を受けること

自衛隊員が人を殺し、
自衛隊員が殺されること

それでも戦争法制をこのままにしていきますか?

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訓練中に誤って実弾発射 自衛隊員2人けが

訓練中に誤って実弾発射 自衛隊員2人けが
23日、北海道東部の鹿追町にある陸上自衛隊の演習場で行われていた小銃を使った訓練中に、
複数の隊員が空砲と誤って実弾数十発を発射し、
隊員2人がけがをしていたことが分かりました。
自衛隊が、誤って実弾が使われたいきさつを調べています。
23日、北海道鹿追町の陸上自衛隊然別演習場で行われていた北部方面後方支援隊による小銃を使った訓練中に、複数の隊員が空砲と誤って実弾数十発を発射し、男性隊員2人が軽いけがをしました。
陸上自衛隊によりますと、この訓練は、
物資をトラックで輸送中に敵に襲われて応戦することを想定したもので、
隊員30人余りが二手に分かれて小銃を発射した際に空砲と誤って実弾が発射されたということです。
訓練の前に、隊員が自分で小銃の弾倉に空包を込めることになっていたということで、
自衛隊は、今回誤って実弾が使われたいきさつを調べています。

陸上自衛隊は「国民の生命・財産を守るべき自衛隊がこのような事案を起こし、
大変申し訳ない」とコメントしています。
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by oomawotomeru | 2016-05-29 10:10 | 憲法 | Comments(0)

沖縄の人々の「魂の飢餓感」を共有する渡辺豪さん

元沖縄タイムスの記者だった渡辺豪氏が沖縄への思いを語った
これをなんども読もうと思った

沖縄に行き、痛みを感じて、時が去って遠くになるけれど
沖縄は現実で、今も続く理不尽な状況に声にならない叫びを抱えている

3月沖縄に行ってきた
葬儀の行なわれた名護市に2日いて
恩納村も歩いた
その道でジョギングしていたそれも午後8時・・
そこで・・・

自分が・・、娘が・・、友達が・・、と思うと吹き出るように涙が出た
そして怒りが込み上げる


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沖縄の人々の「魂の飢餓感」を東京で共有する | 渡辺豪

記者会見で「米軍基地がある限り事件は起きる。すべての基地を撤去すべきだ」と訴える高里鈴代さん(右から4人目)ら女性たち=5月20日、沖縄県庁記者クラブ


 女性の遺体が見つかり、米軍属の容疑者が逮捕された5月19日の夜は、沖縄から上京してくる元上司らを囲んで会食する予定だった。が、前日の夜から不穏な情報は耳にしていた。会食できるかは流動的だと認識しながらも、まだどこかで楽観していた。生きていてくれさえすれば、と―。

» 「被害者は私だったかもしれない」女性団体、震える声

 事件が急展開して、自分の見通しの甘さに腹が立った。会食は当然流れた。所属している週刊誌『AERA』の編集部から急きょ、事件について記事を執筆するよう指示を受けた。だが、しばらくは何も思考できなかった。

 被害者の女性がウオーキングしていたとみられる場所や、携帯電話の位置情報が最後に確認された辺りを、テレビのレポーターが歩いて伝えていた。その映像をぼんやりした頭で見ていると、沖縄タイムスの中部支社に勤務していたときに何度も行き来した場所であることに気づいた。記憶はどんどん鮮明になり、周囲の情景や風の匂いまで思い浮かべることができる。被害者の女性が赤の他人には思えない…。

 突き刺すような痛み、と言えばいいだろうか。それが頭に、腹に、心にずきずきとうずいてきた。お前は迂闊だと責められているようだった。

 「沖縄」を忘れると、心が軽やかでいられる―。そのことに気付いたのは、東京に来て数カ月たった頃だ。

 東京で会う人に、「沖縄」を話題に出せば、たいていの人はリゾートを思い浮かべて「いいねえ」と言う。ところが、「基地問題」に言及すると、さっと身を強ばらせる。あまり熱心に語ると、「やっかいな人」として弾かれそうになる。感極まったりすると最悪で、二度と顔を合わせられなくなる。私は次第に「空気」を読むようになっていた。伝えるのが仕事なのに、どう語ればいいのか分からなくなった。

 在京のテレビやラジオでも、沖縄のことは話題に上る。が、ほとんどはリゾート、旅、食べ物にまつわる番組なので、重い気分になるどころか、浮き浮きした気分になる。快活で飾らないウチナーンチュたちが「癒やし」になるように作られている。

 だが、17年間、沖縄で暮らした私は、これが本当の沖縄の姿ではないことを知っている。テレビカメラの前で、サービス精神いっぱいにカチャーシーを舞うオバーやオジーたちも、壮絶な沖縄戦の悲劇と、戦後の基地被害を経験し、口にするかどうかはともかく「本土」に対して複雑な感情を抱えている。そう考えると、到底、「娯楽」として観ることなどできない。

 テレビの画面に見覚えのある顔が映った。沖縄県警刑事部長の記者会見が始まったのだ。沖縄タイムスの社会部で警察担当をしていたとき、よく夜回りし、一緒に酒を飲んだこともある人だ。強面だが、普段は気さくな人である。私には分かった。この人は今、ウチナーンチュとしてすごく怒っている。辺野古で抗議している人たちを冷酷に排除する機動隊だけが沖縄県警の顔ではない。彼らも沖縄県民だ。

 悲しみと罪悪感。「本土」出身の私が沖縄で暮らしているとき、常に感じていたことだ。前者は沖縄の人たちの心の内側に対して、後者は私自身の思いとして。

 それが沖縄を離れてわずか1年余で、私の中で何かが消えかかっていた。自分でも驚いた。沖縄に住んでいたり、沖縄出身だったりすると決してそうはならないはずだと思うと余計に悔しい。今の自分は毎朝、沖縄タイムスを読むことでかろうじて沖縄とつながっている。

 「今、こうやってパソコンに向かっている間も、打つ手の震えを抑えることができない」。事件を伝える5月20日付沖縄タイムスの社説の書き出しに、はっとさせられた。社説はふつうこんな書き出しはしない。でも伝わった。共感した。そして癒やされた。

 「元沖縄タイムス記者」として東京でジャーナリストの活動をするという思いは今も変わらない。しかし現実には、「沖縄」のことだけを取材したり、考えたりしていられるわけではない。現に、つい最近まで舛添要一都知事の税金無駄遣いの取材をしていた。お気楽なテーマと言っては叱られるが、沖縄で起きていることを伝えるのとはペンをもつ重みがまるで違う。パソコンを「打つ手の震えを抑えることができない」といったような次元の話では全くないのだ。

 『AERA』の取材で、高里鈴代さんや山城博治さんに電話でコメントをもらった。言葉そのものよりも、声質のほうが耳に残った。辛さや怒りや悲しみを混ぜ合わせた、情の深そうな、懐かしい顔が目の前に浮かんだ。

 「あなた、ほんとに、東京で頑張ってよー」。高里さんにそう言われ、自分の不甲斐なさが申し訳なく、何度も頭を下げた。

 5月21日付の沖縄タイムス1面に掲載されていた「おことわり」を読んで、またはっとさせられた。「元海兵隊員による女性遺体遺棄事件について、沖縄タイムス社は事件の重大性と人権に配慮して、被害者を匿名に切り替えます」と書かれていた。

私が『AERA』の同僚とともに事件のことを書いた記事は、週明けの23日発売だ。被害者は実名である。自分の思慮の浅さを恨むしかない。

 本当はこんなことを書くつもりではなかった。「戦後71年。問われているのは、沖縄に在日米軍基地の大半を押しつけたまま、見て見ぬふりを続けてきた日本社会のありようではないか」といったことや、「沖縄では米軍絡みの事件事故が起きるたび、東京から大量の報道陣が詰めかけ、嵐のように取材して回り、波がひくように去っていくが、基地問題は何も解決されない」といったことをもっと冷静に論理的に書くつもりだった。しかし今はそれができない。

 それでも、政府の基地政策については書かなければいけないと思う。日米政府の普天間返還合意のきっかけとなった1995年の米兵による少女暴行事件当時のことを思い出すための、一つの素材を以下に記す。

 昨年上梓した拙著『日本はなぜ米軍をもてなすのか』(旬報社)の「おわりに」で書いた一節をそのままで、少し長くなって恐縮だが、転載させていただく。

【転載ここから】

戦後二七年間、米軍統治下に置かれた沖縄の日本返還を果たした佐藤栄作政権で総理秘書官を務めた楠田實氏が残した資料を基に構成した、二〇一五年五月九日放送のNHKスペシャル「総理秘書官が見た沖縄返還~発掘資料が語る内幕~」は、日本の有識者や政府中枢の沖縄に対する本音を見事に切り取っていました。

番組は終盤で、過重な米軍基地を維持したままの沖縄の本土復帰に忸怩たる思いを抱える楠田氏が、一九九六年に日米が普天間飛行場の返還で合意したことを受け、佐藤政権以来となる活動を始めたことを明かします。楠田氏はこのとき、沖縄の基地問題に関する提言をしようと、有識者を集めて意見を聴いていました。番組はこの事実を紹介し、当時の録音テープを流しながら、出席者の誰がどういう発言をしたのかがわかるように場面の再現を図っていました。

メンバーは、当時の橋本内閣のブレーンだった下河辺淳元国土事務次官のほか、京極純一氏(政治学者)、田中明彦氏(国際政治学者)ら一流の学者がそろいました。

それぞれの発言は以下です。

田中氏「本当に嘉手納基地というのは立派な基地ですね。あれほどの立派な基地はなかなかないんじゃないかという感じがしました。沖縄の米軍基地が有効に機能し続けることを確保するのは日本にとっての通常の意味での国益であろうと思います」

下河辺氏「米軍も沖縄にとってはプラス要因なんですね。経済的に言えば。ただ気持ちはあんまりいいはずはないですね。占領されたような気分ですから。知事は深刻そうに、『ひとつ沖縄に来て住んでくれませんか』と言ってましたよ。なんかこう同情的な話とか平和がいいねとかっていう話から始まるもんですから。こじれるわけです」

田中氏「こちら側からですね、(在沖米軍に)『やっぱりいなくなってください』という筋合いは、今は無いと思う」

京極氏「(在沖米軍に)いてもらった方が、日本がより多く平和維持的といいますかね。いられるわけだし。軍備増強しなくても済む面もあるし。無理に帰ってもらう必要はないな」

当時、沖縄の人たちの前ではおくびにも出さなかったであろう、無惨なまでに赤裸々な「一流学者」と元官僚の政策ブレーンの本音トークが続きます。

下河辺氏が話題にしている「知事」は、大田知事を指しています。

NHKスペシャルのナレーターは「有識者の意見は基地の負担軽減よりも沖縄の戦略的重要性に重点を置いていました」と説明し、「有識者が語る本土から見た沖縄。楠田がこれらの意見をもとに政府に提言したという記録は残されていません。楠田はこのとき何を考えていたのか」と静かな口調で場面を締めくくっていました。

このあと番組は、楠田氏が書いた「沖縄の未来像を描け」というタイトルの手記を紹介します。「日本人は昨日のことは考えない。今日と明日のことしか考えない民族だとよく言われるが、考えてみよう……祖国復帰までの二十七年間、沖縄県民は特殊な環境の下で、日本人としての魂を守り続けた……復帰後、日本政府も巨額の公共投資をして、街並みも、以前とは比較にならないほど近代化した……しかし、それとても沖縄県民の魂の飢餓を満たすものではない」

番組放送から約三ヶ月後の八月一一日。菅義偉官房長官と普天間問題をめぐって会談した沖縄県の翁長知事は、基地問題をめぐって「県民の気持ちには魂の飢餓感がある」と語っていました。このとき私は、翁長知事はあの番組を見たのだな、と直感しました。

「魂の飢餓感」とは何か。【転載はここまで】

 政府内部からは今回の事件について、オバマ大統領の来日を控えた時期に「最悪のタイミングで起きた」という声が聞こえてくる。しかし、日米同盟の強化をアピールするよりもまず先に日本政府が取り組むべきことは、沖縄との紐帯(ちゅうたい)を取り戻すことではないのか。

 沖縄の人々は今、同じ「痛み」を胸に抱え、沖縄で生きていくことの意味をかみしめているはずだ。私は東京にいても、沖縄の人々の「魂の飢餓感」を共有する。

 ■渡辺 豪(わたなべ つよし) フリージャーナリスト(元沖縄タイムス記者)1968年兵庫県生まれ。関西大学工学部卒。92年毎日新聞社入社。98年沖縄タイムス社入社、2015年3月に退職。現在、東京都内在住。主な著書に『「アメとムチ」の構図』(沖縄タイムス)、『国策のまちおこし』(凱風社)、『私たちの教室からは米軍基地が見えます』(ボーダーインク)、「日本はなぜ米軍をもてなすのか」(旬報社)、共著に『この国はどこで間違えたのか~沖縄と福島から見えた日本~』(徳間書店)、「波よ鎮まれ~尖閣への視座~」(旬報社)、4月に「普天間・辺野古 歪められた二〇年」(集英社新書)を刊行。
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by oomawotomeru | 2016-05-24 09:11 | 沖縄 | Comments(0)

山尾志桜里民進党政調会長、大間原発のリスクを話す

三重県で山尾志桜里民進党の政調会長が、
大間原発のリスクを話しました。

戦争できる国になっている日本は
原発への攻撃に何らの防御措置もとっておらず
もし攻撃を受けたら日本壊滅は想定内であることを主張しました。

大間原発はプルトニウムを多量に装荷する原発であり
公海に面していることも主張しています。

原発容認の連合からの選挙協力を受けずに
自力で闘う山尾議員ならではの言葉です。

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また、日本国内の原発は容易にテロリストによる攻撃のターゲットになるでしょう。特殊訓練を受けた軍が警備を義務付けられた米国などとは違い、日本の原発の警備は極めて脆弱。極めて少数の軽装備のテロリストによって配電板が破壊されるだけでメルトダウンは起こり得ます。また、青森県の大間原発などは国際海域から3カイリしか離れていません。原発が攻撃を受けたら日本全体が壊滅的状況に陥る可能性があるにもかかわらず、その危険性を認めておらず、攻撃を想定した対応がされていないことは身も凍るような日本の現実です。

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2016年05月14日 22:35山尾志桜里政調会長を招いての講演会-

 今日は山尾志桜里政調会長を招いての講演会が松阪市で開催されました。主催は民進党系の『新政みえ』で、三重県議会においては最大会派です。会場は超満員。600人近い方が熱心に参加して下さいました。山尾政調会長は自由、共生、未来への責任のそれぞれのテーマで安倍政権の問題点を明快に指摘。金持ちを大金持ちにするのではなく、普通の人が希望を持てる社会の実現を目指す民進党の考え方、また提出した法案などについてをわかりやすく、熱く語ってくれました。

 山尾政調会長とは2009年初当選の同期。当選直後、事業仕分けのワーキングチームで同じチームでした。連日、外務省や法務省の予算に無駄遣いがないか担当者を呼んでヒアリングをしましたが、当時から、検事の経験を活かした彼女の追及は蓮舫議員に負けないパンチ力があり、役所の方々が対応に四苦八苦しているのは明らかでした。今や予算委員会の質問者としては、間違いなく安倍総理が最も嫌がる議員でしょう。彼女との議論で安倍総理は、憲法改正を目指しているにもかかわらず憲法の基本的なことを知らないことが次々に国内外に暴露されてしまうのですから。5月16日には今国会5度目の安倍総理との対決だそうです。

 山尾政調会長、そして芝博一参議院議員の前に、私も来賓としてスピーチしました。今日、スピーチで訴えた私たちが共有する特に強い問題意識は、安倍政権のもとで集団的自衛権の行使が可能になることがもたらす日本の危機、そして私たちの貴重な貴重な公的年金が株価の操作に使われており、5兆円前後の損失が出ているにもかかわらず、その実態を隠していることです。国民の知る権利を踏みにじることは民主主義の破壊。本当に許せません。

 安倍総理が憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を可能にしたこと、そして参議院選挙で憲法改正して9条を変更する意志を示していることには私自身の経験からも危惧を抱いています。

 2001年9月11日、同時多発テロが発生しブッシュ政権が始めた『対テロ戦争』が始まった頃、私はパキスタンとアフガニスタンの国境地域で、平和構築活動を行っていました。そこは当時、オサマ・ビン・ラディンが潜入しているとされていた地域。米軍による空爆で、現地の人々は次々と殺されていました。そして、米軍による攻撃を小泉政権が支持していることも知れ渡っており、「お前たちが奴らの側につくなら命の保証はしない」と燃えるような憎悪を込めた目で訴えられました。同時多発テロが起こる前、日本人というだけで握手を求めてきた人々の姿はもはやなく、私自身が拘束、殺害される可能性も覚悟しました。

 しかし、集団的自衛権の行使は、『支持する』こととは比較になりません。それは売られていないケンカを買いに行くことであり、米国の戦争に対し、後方支援などの軍事行動に直接関与するわけですから、犠牲者の家族、部族、国民から恨みを買うことは間違いありません。また、戦闘行為の中で民間人を巻き込むことも有り得ます。結果として海外にいる日本人、特に人道支援などの目的で現地で活動している日本人は報復の対象になる可能性が高まります。軍と一体になって活動すればなおさらです。

 また、日本国内の原発は容易にテロリストによる攻撃のターゲットになるでしょう。特殊訓練を受けた軍が警備を義務付けられた米国などとは違い、日本の原発の警備は極めて脆弱。極めて少数の軽装備のテロリストによって配電板が破壊されるだけでメルトダウンは起こり得ます。また、青森県の大間原発などは国際海域から3カイリしか離れていません。原発が攻撃を受けたら日本全体が壊滅的状況に陥る可能性があるにもかかわらず、その危険性を認めておらず、攻撃を想定した対応がされていないことは身も凍るような日本の現実です。

 私たち民進党の安全保障の考え方は、近くは現実的に、遠くは抑制的に、そして人道支援は積極的にというもの。日本近海において『付け入る隙を与えない』法整備は必要です。一方、真に平和に寄与する行動は決して軍事的手段ではありません。私たちには日本が守り引き継いできた大きな価値を、安倍政権によって破壊されることを阻止する大きな責任があります。そのためにもまずは参議院選挙で勝利することが必要ですが、衆参同日選挙の可能性も踏まえ準備を急がなくてはなりません。
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by oomawotomeru | 2016-05-22 21:33 | 大間原発情報 | Comments(1)

白い花・はな・・・

白い花が咲いて・・
庭に出ると時間を忘れる
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スズランが香り・・
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いちごの花
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百合なんていったかな?
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藤の花も
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大好きなチューリップはピンク
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by oomawotomeru | 2016-05-22 10:39 | | Comments(0)

沖縄報告会in室蘭

北海道・
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辺野古・高江沖縄闘争団 室蘭報告会

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団長・清末愛砂 室工準教授とマヌル猫・・団長どっちだったっけ?

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増岡さんのツアー報告
団長清末さんの報告

あちらさんの報告

充実した内容で沖縄からいただいたメッセージを
会場の参加者とともに再確認した時間でした。

次回の沖縄ツアーに着いての検討も・・

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イラク専門家・松本あきろう先生のコメント
壁を作って分断させるのは誰なのだろう?
ベルリンの壁が壊れた喜んだ世界が
再び壁を作ろうとしている・・
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by oomawotomeru | 2016-05-20 11:59 | 沖縄 | Comments(0)

バイバイウオーク・in 汐首岬


昨5月15日のバイバイウォークは戸井漁港~汐首岬コースで集会とデモが行われ ました。

参加した函館市在住のKさんのコメントです。
「風が強い中で40人くらいが参加して建設中止、海峡 の自然保護を対岸から訴えた。
下北半島と最短の地の表示看板のある汐首岬までデモをした。」


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by oomawotomeru | 2016-05-18 11:10 | 大間原発情報 | Comments(0)

明日、5月19日、東京・電源開発前でスタンディングデモ

直前のお知らせです。

明日、東京・電源開発本社前で、スタンディングデモ、します

2006年5月19日、下北半島大間町で
大間原発に反対してきた熊谷あさ子さんが不慮の事故で亡くなられました。


大間原発を建てさせない為に
一人闘ってきた熊谷さんを偲び
「大間原発反対関東の会」が毎月19日、
電源開発前でのスタンディングデモを企画しています

大間原発の建設主体である電源開発に
大間原発は無謀な原発であること、
市民にもう原発はいらないと訴える為に

明日19日は、東京東銀座、電源開発前にお集りください。
(のむら)
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大間原発はいらない!

スタンディングデモのご案内

5月19日(木)お昼12時から13時まで

東銀座・電源開発本社前

大間原発の建設が進む中、「大間原発はいらない!」の思いを伝えるため、2015年3月19日より、東銀座の電源開発前にてスタンディングデモを始めました。

19日は熊谷あさ子さんの月命日です。原則毎月19日にスタンディングを続けています。デモの出入りは自由です。

都合のよい時間だけでも、皆さまのご参加をお待ちしています!

*スタンディングデモとは、参加者が自分の思いを記したプラカード等をかかげて、黙って立っているというスタイルの沈黙の意志表示です。



★電源開発本社  東京都中央区銀座6-15-1  TEL 03-3546-2211(代表)

東銀座駅 徒歩3分(東京メトロ日比谷線、都営浅草線 4番出口)

銀座駅 徒歩8分(東京メトロ銀座線) 

有楽町駅 徒歩15分(JR山手線、京浜東北線)



次回のお知らせ

6月は株主総会開催日に合わせて22日(水)TKPガーデンシティ品川前、SHINAGAWA GOOS内1Fで午前9時~10時まで行います。(JR品川駅高輪口)



主催:大間原発反対関東の会 賛同:経産省前テントひろば 

連絡先:080-6616-9604(玉中) e-mail:aki-trsk@outlook.jp (寺崎)





















 
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by oomawotomeru | 2016-05-18 10:28 | 大間原発情報 | Comments(0)

サミット開催で福島作業中止は、ベルギーが怖い!!

OSHIDORI Mako&Ken Portal / おしどりポータルサイト

 おしどりまこけんのポータルサイトで新しい説明

伊勢志摩サミット開催時に、東電は福島原発作業を中止する。
その理由として、リスクを減らすとの説明があった。

それでは近隣に住む福島県人はりすく受けてもいいのかと・・
しかし、ここにきて原発作業員の身元調査の有無が浮上。


ベルギーテロ直前にベルギーの原発作業員のIDを求めて犯罪が行なわれた。
原発作業員が内部に入り込む恐ろしさ・・・

東野圭吾の「天空の蜂」も原発を狙ったテロが主題だ
誰が考えて、無防備な原発は格好の攻撃目標だろう

それも内部からの手引きがあれば、スムーズだ。

そんなわけで、サミット開催時の福島作業中止???

サミット開催に会わせて時限を設定することもあり、
外部からコントロールもありだ

要するに手に負えないものは,即刻止めることが一番の安全
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by oomawotomeru | 2016-05-14 09:16 | 福島情報 | Comments(0)

さくら・さくら・さくら・・・

連休最後の赤川ダム公園
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桜の種類が多く、これから咲く種類も・・


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花より団子もあって・・
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by oomawotomeru | 2016-05-12 08:09 | | Comments(0)


大間原発を止めるための情報交換


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「小出裕章さんのおはなし」

2012年4月「原発に反対しながら研究をつづける小出裕章さんのおはなし」をクレヨンハウスから出版しました。2011年3月変わってしまった世界を生きる子どもたちへ、この本を読んでよりよい未来を生きて欲しいとの願いをこめて書きました。
「原発に反対しながら研究をつづける小出裕章さんのおはなし」著者:野村保子 監修:小出裕章

http://www.amazon.co.jp/%E5%8E%9F%E7%99%BA%E3%81%AB%E5%8F%8D%E5%AF%BE%E3%81%97%E3%81%AA%E3%81%8C%E3%82%89%E7%A0%94%E7%A9%B6%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%A5%E3%81%91%E3%82%8B%E5%B0%8F%E5%87%BA%E8%A3%95%E7%AB%A0%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AE%E3%81%8A%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%97-%E9%87%8E%E6%9D%91%E4%BF%9D%E5%AD%90/dp/486101218X

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